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【第T期】 ・Robert Fripp ロバート・フィリップ (Guitar) ・Ian McDonald イアン・マクドナルド (Reeds,Wiidwind,Vibes,Keyboards,Mellotron,Vocals) *1969年脱退 ・Greg Lake グレッグ・レイク (Bass,Lead Vocals)*1969年脱退、〔EL&P〕を結成。 ・Michael Giles マイケル・ジャイルス (Drums,Perc,Vocals)*1969年脱退 ・Peter Sinfield ピート・シンフィールド (Words、Illumination) ・Mel Collins メル・コリンズ (Sax,Flute) *1970年加入 ・Gordon Haskell ゴードン・ハスケル (Vocals) *1970年加入 ・Andy McCulloch アンディ・マカロック (Drums) *1970年加入 【第U期】 ・Robert Fripp ロバート・フィリップ (Guitar) ・Mel Collins メル・コリンズ (Sax,Flute) *1972年脱退 ・Gordon Haskell ゴードン・ハスケル (Vocals) *1971年脱退 ・Andy McCulloch アンディ・マカロック (Drums) *1971年脱退 ・Peter Sinfield ピート・シンフィールド (Words、Illumination)*1972年解雇 ・Ian Wallace イアン・ウォーレス (Drums,Perc,Vocals)*1971年加入、1972年脱退 ・Boz ボズ・バレル(Bass、Lead Vocals, Chorecgraphy)*1971年加入、1972年脱退、後に〔バッド・カンパニー〕へ <1972年一時解散> 【第V期】(1973再結成) ・Robert Fripp ロバート・フィリップ(Guitar,Mellotron、Devices) ・David Cross デヴィッド・クロス (Vn,Viola、Mellotron)*1974年脱退 ・John Wetton ジョン・ウェットン (Bass,Vocals)*1974解散、〔ユーライア・ヒープ〕へ〔U.K.〕を結成 ・Bill Bruford ビル・ブラッフォード (Drums) *1974解散、〔U.K.〕を結成 ・Jamie Muir ジェイミー・ミューア (Perc,Allsorts) *1973年脱退 <1974年解散> 【第W期】(1981年再々結成) *ロバート・フィリップの新バンド〔ディシプリン〕が〔キング・クリムゾン〕年改名 ・Robert Fripp ロバート・フィリップ(Guitar) ・Adrian Belew エイドリアン・ブリュー (Guitar,Lead Vocals) ・Tony Levin トニー・レヴィン (Stick,Bass,Support Vocals) ・Bill Bruford ビル・ブラッフォード (Batterie) <1984年解散> 【第X期】(1994年再々々結成) ・Robert Frippロバート・フィリップ (Guitar) ・Adrian Belew エイドリアン・ブリュー (Guitar,Vocals、Words) ・Trey Gunn トレイ・ガン (Stick) ・Tony Levin トニー・レヴィン (Bass, Stick) *2000年不参加 ・Pat Mastelotto パッド・マステロト (Aco&Ele-Perc) ・Bill Bruford ビル・ブラッフォード (Aco&Ele-Perc) ●Robert Fripp ロバート・フィリップ (Guitar) 1946年5月16日、南イングランドのドーセット州ウィンボーンに生まれた。11歳の頃から正式な音楽教育を受けた、1965年に〔ザ・リーグ・オブ・ジェントルマン〕に参加しデビューする。そして1967年、〔キング・クリムゾン〕の母体となる〔ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ〕が、〔トレンドセッターズ・リミテッド〕というバンドに在籍したマイケルとピーターのジャイルズ兄弟とで結成された。その年の秋に、三人はロンドンに進出するが、たいした仕事を得ることもなく、レストランでシンガーのバック・バンドを務める程度だった。1968年にはデッカ・レコードとの契約する。6月には元インフィニティのイアン・マクドナルドと、その恋人であるジュディ・ダイブル(元フェアポート・コンヴェンション)がグループに加わる。9月にアルバム《ジャイルズ・ジャイルズ&フリップ》を発表したが、この直後ジュディが抜け、イアンの友人で元インフィニティのピート・シンフィールドが加入する。 ピート・シンフィールドの提案でバンド名を〔キング・クリムゾン〕と改名することを決めたが、ピーター・ジャイルズが脱退。新たに元〔ゴッズ〕のグレッグ・レイクが加入する。 1969年10月デビュー・アルバム《In The Court Of The Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)》はリリースし、各方面にて高い評価を得る。そして70年2月、ビートルズの《アビー・ロード》を押さえ、全英チャート首位に輝く。 発表後ライヴも精力的に行うが、マクドナルドとジャイルスが脱退を表明する(マクドナルド&ジャイルス結成のため)。その後、メル・コリンズ等が加入し、1970年にセカンド・アルバム《In the Wake of Poseidon(ポセイドンのめざめ)》を発表するが、直後にレイクが脱退(EL&P結成のため)。以後、加入・脱退・解散・再結成を繰り返していく。 その後、ゴードン・ハスケル、メル・コリンズ、アンディ・マカロックを補充しサード・アルバム《Lizard》を作成。しかし、ハスケルが脱退。その後、ヴォーカルのオーディションを行い、ボズ、イアン・ウォーレンが参加。久々のライブ活動を続け、1971年に《Islands》を発表する。この時にシンフィールドが脱退する。更にアメリカ・ツアーのリハーサル中にバンドが決裂し、ボズ、コリンズ、ウォーレスの脱退が決定。そのライヴが《Earthbound》として発表され、1972年に一時解散となる。 1973年にはソロ1stアルバム《No Pussyfooting》をブライアン・イーノとで発表する。そして同年、デヴィッド・クロス、ジョン・ウェットン、ビル・ブラッフォード、ジェイミー・ミューアを集め〔キング・クリムゾン〕を再結成する。1973年に《Lark's Tangues in Aspic(太陽と戦慄)》を発表。ライヴ中にミューアが事故で脱退。翌74年に《Starless and Bible Black》を発表後にクロスが脱退。3人となったがマクドナルド等の協力で《Red》を作成したが、結局はフィリップの宣言によって解散となる。 キング・クリムゾン解散後、70年代の終わりまでロバート・フリップは、さまざまなアーティスト達との交流(デヴィッド・ボウイ《ヒーローズ》やピーター・ガブリエル 《1st》などに参加)やソロ活動を展開。またこの頃、フリップはオープン・リールのテープ・デッキを2台使用し、自らのソロによる即興演奏のバッキングに用いるという「フリッパートロニクス」というパフォーマンス形式を完成させ、独りきりで行うソロ・ライヴを各地で成功させている。 1981年、ロバート・フィリップ、エイドリアン・ブリュー、トニー・レヴィン、ビル・ブラッフォードは、〔ディシプリン〕というバンドで活動していたが、突然に〔キング・クリムゾン〕と改名し、《Discipline(ディシプリン)》を発表する。翌82年に《Beat》、84年に《Three of a Perfect Pair》の3部作を作成後、再び解散する。 90年代にはソロとして「Soundscapes」という、メロディ・ラインがなく様々な音が幾層にも積み重ねられた抽象的な音楽を発表する。 1994年、再び〔キング・クリムゾン〕として復活。今度はロバート・フィリップ、エイドリアン・ブリュー、トレイ・ガン、トニー・レヴィン、パッド・マステロト、ビル・ブラッフォードで《Vrooom》を発表。ライヴ活動も行い、翌95年に《Thrak》を作成。その後、バンドメンバーを様々に組み合わせる「プロジェクト」で活動。2000年には《The Constru Kction of Light》、2002年にミニアルバム《ShoGaNai (Happy With What You Have To Be Happy With)》、2003年に《The Power To Believe》を発表する。 ●Greg Lake(グレック・レイク) (Vocal, Bass) 1947年11月、イングランドサセックス州生れ。 1968年に〔キング・クリムゾン〕に加入。1969年8月「9th National Jazz&Blues Festival」会場にて〔ザ・ナイス〕のキース・エマーソンに出会う。12月サンフランシスコにてエマーソンと再会し、新しいバンドを結成することになる。 1970年に〔キング・クリムゾン〕を脱退。ドラマーのオーディションの結果、カール・パーマーとともにELPを結成。 1980年2月、〔ELP〕正式解散。1981年に《Greg Lake》、1983年に《Manoeuvres》をリリース。同年、エイジアのライブ「ASIA IN ASIA」にて、ジョン・ウェットンの代役でボーカルをとる 1985年にグレック・レイクとコージーパウエルと共に、〔Emerson Lake and Powell(エマーソン、レイク&パウエル)〕を結成、翌年に《Emerson Lake and Powell》を発表。1986年に脱退。 1991年、オリジナルメンバーでの第2期〔ELP〕が再結成される。1999年に再解散する。 ●ビル・ブラッフォード Bill Bruford (Drums) 1949年イングランドケント州セヴンオークスに動物外科医の息子として生まれる。10歳位のときに姉がワイアーブラシでレコードのジャケットの裏を叩くとドラムのような音がするのを教えてくれたのをきっかけにドラムを始める。13才の時からパーカッションのレッスンを始める。1968年、ロンドンに渡って本格的な音楽活動を開始。その夏のメロディー・メーカー誌に載った〔イエス〕のメンバー募集の記事を見てイエスに加入。以後5枚目のアルバム「危機」まで参加している。 その後、再編成の〔キング・クリムゾン〕に加わり74年9月までに4枚のアルバムを発表している。その後、〔ゴング〕等のバンドに在籍した後、76年には〔ジェネシス〕のツアーに参加するなど多彩な活躍をする。77年にソロとして《Feels Good To Me》を、78年に《One Of A Kind》をリリース。 1978春、ジョン・ウェットン、エディ・ジョプソン、アラン・ホールズ・ワースとで4人組で〔U.K.〕をスタートさせた。しかし、ホールズワースと共にファースト・アルバムのみの参加でUKを去ってしまう。そして、共に11月に〔ブラッフォード〕を結成。79年にはソロとして《The Bruford Tapes》、80年には《Gradually Going Tornado》をリリース。 1981年、ロバート・フィリップ、エイドリアン・ブリュー、トニー・レヴィンとで、〔キング・クリムゾン〕として《Discipline(ディシプリン)》などを発表し、現在まで活動を続けている。84年にはパトリック・モラーツと〔モラーツ=ブラッフォード〕にも参加している。86年には《Master Strokes》をリリース。87年に"もうひとつのYES"ABWH始動。翌年に《Anderson Bruford Wakeman Howe》をリリース。以降、〔キング・クリムゾン〕ほか様々なアーチストとプロジェクト活動を行う。 |
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