Genesis
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from genesis trespass Nursery Cryme Foxtrot Live Selling England By the Pound The Lamb Lies Down on Broadway A Trick of the Tail Wind and Wuthering Seconds Out and then there were three Duke Abacab

Peter Gabriel ピーター・ガブリエル (Lead Voice)
 1950年2月サリー州Chobham生まれ。少年時代にピアノとフルートを学び、13歳でジャズ・ドラマーとして活動。1966年に名門、チャルターハウス・パブリック・スクールへ入学する。同年、クリス・スチュアートらと〔The Garden Wall〕を結成。同年マイク・ラザフォード、アンソニー・フィリップスらが所属していた〔The Anon〕と合同コンサートを行う。これがきっかけとなり、67年にクリス・スチュアート、トニーバンクス、マイク・ラザフォード、アンソニー・フィリップスとともに〔ジェネシス〕を結成する。
 1968年のシングル〈The silent sun〉発表。ジェネシスのリーダーとして活躍し、演技性のあるパフォーマンスでも人気を博した。1975年のアルバム《The Lamb Lies Down on Broadway(幻惑のブロードウェイ)》発表後に突然脱退する。
 その後2年を経て、1977年にソロとしてファースト・アルバム《ピーター・ガブリエル》を発表。ロバート・フリップ、トニー・レヴィン他多数のゲストが参加する。78年に《U》を、80年に《V》をリリースし初の全英1位を獲得する。次第に実験的な音楽へと傾き、82年の《W》では民族音楽を取り入れた傑作を発表。〈Shock The Monkey〉がヒットする
 1986年にはポップ路線へと変更した大ヒットアルバム《So》(全英1位、全米2位)を発表。シングル〈Sledge Hammer〉が初の全米No1に輝く。更にケイト・ブッシュとのデュエット曲〈Don't Give Up〉もヒットした。92年に《US》、2000年に《OVO》、2002年には《UP》をリリースする。

Tony Banks トニー・バンクス (Keyboards)
 1950年3月東サセックス生まれ。1963年チャーター・ハウス・スクールに転入。1966年、ピーター・ガブリエル、クリス・スチュアート他と〔The Garden Wall〕を結成。その後、同年マイク・ラザフォード、アンソニー・フィリップスらの〔The Anon〕と合同コンサートを行う。これがきっかけとなり、1967年にピーター・ガブリエル、クリス・スチュアート、マイク・ラザフォード、アンソニー・フィリップスとともに〔ジェネシス〕を結成する。1975年以降、メンバーが入れ替わるが、オリジナル・メンバーとして活動を続けている。
 1979年にファースト・ソロアルバム《A Curious Feeling》をリリースし、全英チャート21位まで上昇する。1983年に《The Fugitive》、1986年にサウンドトラック《Quicksilver》をリリース。1989年には2人のボーカリスト(ジェイミー・クリメク、アリスター・ゴードン)を擁し〔Bankstatement〕を結成。同名のアルバムをリリースする。
1991年に《still》をリリース。
1995年、新たなソロプロジェクト、〔STRICTLY INC〕による同名アルバムリリース。2004年に〔SEVEN〕をリリース。ロンドン・フィルハーモニック・オーケストラによるクラシカルな作品。
 2006年11月、フィル・コリンズ、マイク・ラザフォードらのオリジナルメンバーにダリル・ステューマーとチェスター・トンプソンを加えたメンバーで〔ジェネシス〕再結成ツアーを2007年にスタートさせること発表する。

●Anthony Phillips アンソニー・フィリップス (Keyboards, Guitar, Voice)
 1951年12月生まれ。1963年、セント・エドモンズ・スクールでリバース・ジョブと〔The Spiders〕を結成。1965年チャーター・ハウス・スクールでリチャード・マクファイル、リバース・ジョブ、ロブ・ティレル、マイク・ラザフォードと〔The Anon〕を結成。66年にピーター・ガブリエルらの〔The Garden Wall〕と合同コンサートを行う。これがきっかけとなり、1967年にピーター・ガブリエル、クリス・スチュアート、マイク・ラザフォード、トニー・バンクスとともに〔ジェネシス〕を結成する。
 1970年に《TRESPASS》をリリース後に〔ジェネシス〕を脱退する。1977年にファースト・アルバム《The Geese & The Ghost》を発表。
 リリースした作品は、1978年《Wise After The Event》、79年《Sides》・《Private parts & Pieces》、1980年《Private parts & PiecesU:Back To The Pavilion》、81年《1984》、82年に《Private parts & PiecesV:Antiques》、83年《Invisible Men》、84年《Private parts & PiecesW:A Catch At The Tables》、85年《Private parts & PiecesX:TWELVE》、86年《Private parts & PiecesY:Ivory Moon》、87年 《Private parts & PiecesZ:Slow Waves,Soft Stars》、88年《Tarka》、89年《Missing Links Vol.1:Finger Painting》、1990年《Slow Dance》、92年《Private parts & Pieces[:New England》、94年《Sail The World》・《Missing Links Vol.2:The Sky Load》、95年《Gypsy Suite》・《Living Room Concert》《Anthology》、96年《Private parts & Pieces\:Dragonfly Dreams》・《The Meadows of Englewood》、97年にジョージ・ヒロタとの曲が収録されている《Survival-The Music of Nature》、1998年《Live Radio Sessions》・《Archive Collection Vol.1》、99年《Private parts & Pieces]:Soiree》、2003年《Radio Clyde》、04年《Archive Collection Vol.2》、05年《Field Day》。

Michael Rutherford マイク・ラザフォード (Guitar, Basses)
 1950年10月生まれ。1963年、チャーターハウススクールに通い始める。そこでアンソニー・フィリップスと出会い65年に〔The Anon〕を結成。66年にピーター・ガブリエルらの〔The Garden Wall〕と合同コンサートを行う。これがきっかけとなり、1967年にピーター・ガブリエル、クリス・スチュアート、アンソニー・フィリップス、トニー・バンクスとともに〔ジェネシス〕を結成する。
 〔ジェネシス〕の活動と並行しソロ活動もスタート。70年代後半にトニー・バンクスと映画「シャウト」の音楽製作に取り組む。1980年にソロとしてファースト・アルバム《Smallcreep's Day》、82年に《Acting Very Strange》をリリース。
1985年に〔ジェネシス〕の活動休止(フィル・コリンズがソロ活動に専念していたため)の時に結成したのが〔Mike + The Mechanics(マイク&ザ・メカニックス)〕。メンバーは、ポール・ キャラック (元Ace/vo&key)、 ポール・ヤング(元Sad Cafe/vo)、ピーター・ヴァン・ホーク(dr)、エイドリアン・リー(key)。同年にファーストアルバム《Mike + The Mechanics》をリリース。そのなかの映画《On Dangerous Ground》のテーマ曲〈Silent Running(On Dangerous Ground)〉で初のUKトップ30入る。88年に作成された《The Living Years》がヒット。同名のシングルは、USでNo.1、UKでもNo.2となるヒットを記録した。
 91年に《Word Of Mouth》、95年に《Beggar On A Beach Of Gold》、99年に《Mike and the Mechanics》を発表。しかし、2000年7月のポール・ヤングの死がメンバーに大きな打撃を与えたが、2004年新規一転、バンド名を〔Mike+TheMechanics+PaulCarrack〕に変え、《Rewired》を発表した。彼は現在もメカニクス中心に活動を続けている。
 2006年11月、フィル・コリンズ、トニー・バンクスらのオリジナルメンバーにダリル・ステューマーとチェスター・トンプソンを加えたメンバーで〔ジェネシス〕再結成ツアーを2007年にスタートさせること発表する。

Phil Collins フィル・コリンズ (Drums, Percussion,Vocice)
 1951年1月、ロンドン郊外のチズウィックで生まれた。本名:フィリップ・デビット・チャールズ・コリンズ。子供の頃から俳優のトレーニングを受け、14歳の時にロンドン・ミュージカル「オリバー」の舞台を踏む。1969年、〔フレイミングユース〕に参加。1970年、オーディションで〔ジェネシス〕の3代目ドラマーに就任。1975年、リーダーのピーター・ガブリエルの脱退に伴い、 ボーカル兼ドラマーとなる。新リーダーとしてポップ・ヒット路線へと移行する。また同年、ジャズ・グループ〔ブランドX〕にも参加。
 81年にはソロとしてファースト・アルバム《Face Value》を発表し、全英1位全米7位に輝く。シングル〈In The Air Tonight(夜の囁き)〉は全英2位獲得し、ソロとして大成功する。82年に《Hello , I Must Be Going!》をリリースし、シュープリームスのカバーソング〈You Can't Hurry Love〉が全英1位、全米10位のヒットを記録。84年、映画「カリブ海の熱い夜」のテーマ曲〈Against All Odds(見つめて欲しい)〉が初のビルボード1位を獲得。第28回グラミー賞最優秀男性ポップ・ヴォーカル賞を受賞する。また、飢餓で苦しむエチオピアへのチャリティーとして結成されたスーパーバンド〔バンド・エイド〕への参加。このバンドとして〈Do They Know It's Christmas〉が全英No1。トップスターの座を揺るぎないものにする。
 1985年、アースウィンド&ファイアーのフィリップ・ベイリーとのデュエット曲〈Easy Lover〉が全英1位・全米2位。マリリン・マーティンとのデュエット曲〈Separate Lives〉は全米1位。 同年、アルバム《No Jacket Required》は全米・全英とも1位を獲得しグラミー賞最優秀アルバムを受賞。シングル〈One More Night〉、〈Sussudio〉とも全米1位獲得。85年に《No Jacket Required》を発表し、その中から〈Sussudio〉、〈One More Night〉が全米1位に輝く。また、〔バンド・エイド〕とUSA for AFRICAの企画ライヴ「ライヴ・エイド」に参加。全世界で15億人もがテレビ中継を見たという。
 1988年には《Buster》にて映画初主演を果たす。シングル〈Two Hearts〉は全米1位。マインド・ベンダーズのカバー〈A Groovy Of Love〉も全米1位。 89年の《...But Seriously》は発売された週にチャート1位となり、シングル〈Another Day In Paradise〉は通算7曲目の4週連続全米1位の大ヒットとなる。第33回グラミー賞最優秀レコード賞を受賞する。93年には《Both Sides》をリリース。
 1996年に〔ジェネシス〕を脱退し、スイスに永住。同年に《Dance into the light》を発表。99年に念願のビッグ・バンドを従えてのジャズ・アルバム『Hot In Night Paris』をリリース。また、ディズニー映画「ターザン」のサウンドトラックへ、主題歌〈You'll Be In My Heart〉等を提供する。この曲は、アカデミー賞の、"オリジナル主題歌賞"を受賞しオスカーをもたらした。2002年、エリザベス女王在位50周年記念コンサート「Party In The Park -Golden Jubilee」で〈You Can't Hurry Love〉を披露。同年に《Testify》を発表。
 2006年11月、コリンズはトニー・バンクス、マイク・ラザフォードのオリジナルメンバーにダリル・ステューマー(Daryl Stuermer)とチェスター・トンプソン(Chester Thompson)を加えたメンバーで再結成ツアーを2007年にスタートさせること発表する。

Steve Hackett スティーヴ・ハケット (Guitar)
 1950年2月、イギリス生まれ。フィル・コリンズが在籍していたグループ〔フレミング・ユース〕や〔サラバンテ〕〔クワイエット・ワールド〕などのバンドに参加する。そして1971年にアンソニー・フィリップスに替わって〔ジェネシス〕に加入。サード・アルバム《Nursery Cryme》から1977年のライヴ・アルバム《Seconds Out》まで参加する。1975年にはソロ・ファースト・アルバム《Voyage Of The Acolyte》をリリース。
 脱退後は主にソロ活動を続ける。78年に《Please Don't Tuch》、79年に《Spectral Mornings》、80年に《Defector》、81年に《Cured》、82年に《Highly Strung》、83年に《Bay Of Kings》、《Till We Have Faces》を発表している。
 1986年に元イエスのギタリストのスティーヴ・ハウと〔GTR〕を結成する。しかし《GTR》の1枚のアルバムをリリースして脱退。その後は、実弟であるジョン・ハケット(フルート奏者)との共演も多い。88年にはクラッシク・ギターを前面にして作成した《Momentum》 をはじめ、91年にライブ盤《Time Lapse、92年に《Unauthorized Biography》、93年に《Guitar Noir》、94年にブルース曲集《Blues With A Feeling》、94年に《There Are Many Sides To The Night》を発表する。
 1996年にロンドン・フィル・オーケストラやビル・ブラッフォードらと共演し、ジェネシスの音楽を再構築したアルバム《Genesis Revisited》を制作する。ジョン・ウェットン、イアン・マクドナルド、チェスター・トンプソンらとバンドを組み、ジェネシス、キング・クリムゾンの音楽を再現したライヴ・ツアー(98年の《The Tokyo Tapes》など)を行った事などが、目立った活動として知られている。97年に《A Midsummer Nights Dream》、99年に《Dark Town》、2000年に《Sketches of Satie》、2003年に《To Watch The Storm》、05年に《Metamorpheus》、06年に《Wild Orchid》をリリースしている。

●Daryl Stuermer ダリル・ステューマー (Guitar)
 1952年11月27日、アメリカ、ウィスコンシン州ミルウォーキーに生まれる。 11歳のときからギターに慣れ親しむ。1975年、オーディションに見事合格しジャズ・ロック・グループ〔Jean-Luc Ponty Group〕に加入する。
 1977年、スティーブ・ハケットが抜けた〔ジェネシス〕のツアーサポートギターリストとしてのオーディションに受かり加入。1981年、「Abacabツアー」参加。82年、「Three Sides Live」参加。84年「MAMAツアー」参加、86年「InvisibleTouchツアー」参加。
 1987年にソロ・アルバム《Steppin' out》、92年にジェネシス「The Way We Walk 」、98年に「Live and Learn」をリリース。
 2000年にジェネシスの楽曲を集めた「Another Side of Genesis」、01年に「Waiting in the Wings」、04年に「Retrofit」、06年に「GO!」をリリース。
 2006年11月、フィル・コリンズ、トニー・バンクス、マイク・ラザフォードのオリジナルメンバーにチェスター・トンプソン(Chester Thompson)を加えたメンバーで再結成ツアーを2007年にスタートさせること発表する。

Abacab Three Sides Live Genesis Invisible Touch We Can't Dance The Way We Walk Volume One: The Shorts The Way We Walk Volume One: The Longs Calling All Stations The Platinum Collection Genesis 1976 - 1982 from genesis trespass

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