Van Der Graaf Generator
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The Aerosol Grey Machine The Least We Can Do Is Wave To Each Other H To He,Who Am The Only One Pawn Hearts Godbluff Still LIfe World Record The Quiet Zone/The Pleasure Dome Vital Time Vaults First Generation Second Generation

 1967年秋、マンチェスター大学で学ぶピーター・ハミルとジャッジ・スミスによってVan Der Graaf Generator (ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーター)を結成。これは静電型発電機の発明者であるロバート・J.ヴァン・ダー・グラフの名前をとったもの。マーキュリー・レコードとの契約。キーボードにヒュー・バンドンを、ベースにキース・エリスとドラムにガイ・エヴァンスが参加。シングル〈People You Were Going〉をレコーディング。ところがジャッジ・スミスが脱退。シングルもーキュリー・レコードとの法的問題で発売数日後に回収されるという憂き目にあう。1969年5月に解散状態になる。しかし、マーキュリー・レコードとの契約が残っており、1969年9月、12時間で作成されたのがデビュー・アルバム《The Aerosol Grey Machine (エアロゾル・グレイ・マシーン)》。これは最初、アメリカでしか発売されず不運な運命をたどる。
 その後、マネージャーであったトニー・ストラット=スミスが自らのレコード・レーベル、カリスマを興したことから活動を再開。ハミル、バンドン、エヴァンスにベースのニック・ポッター、サックスのデヴィッド・ジャクソンを迎える。1969年にセカンド・アルバム《The Least We Can Do Is Wave To Each Other (精神交遊)》を発表する。積極的にライヴ活動を行っていたこともあり全英47位にランク・インする。
 ライヴ活動のかたわら次のアルバム制作中に、スケジュール過密が原因でポッターが脱退。しばらくはヒューが代行する。サード・アルバムをロンドンのトライデント・スタジオで録音を開始。1970年12月に《H To He,Who Am The Only One (天地創造)》がリリース。発表された時に話題になったのがロバート・フィリップの参加で、そのことでグループが日本でも知られるようになった。
 1971年、ライヴとレコーディングに追われるなか、代表作《Pawn Hearts》を発表する。プログレが台頭の兆しを見せていたイタリアでは人気が爆発しチャート1位になる。(ちなみに2位はPFM、3位がELP、4位がGenesis、5位がKing Crimsonという空前のランキングだった)その後ハミルがソロ・アルバム《フールズ・メイト》を制作。これにはエヴァンス、ジャクソン、バンドンやロバート・フィリップの錚々たるメンバーが参加している。グループは半年以上にわたってイギリス、イタリアなどのツアーを続け、結局それが彼らの心身ともに疲れさせ、72年8月に解散へと追い込まれることになる。
 ハミルはソロとして《Chameleon in the Shadow of the Night》(72年)、《The Silent Corner and the Empty Stage》(72年)、《In Camera》(73年)、そして傑作《Nadir's Big Chance》(74年)を次々と発表する。個人名義の作品であったがバック・ナンバーがかつての仲間たちであり、それが再結成の動きへと結びつく。バンドン、エヴァンス、ジャクソンの3人はインスト曲を演奏する〔The Long Hello〕というプロジェクトを立ち上げていた。
 1975年1月に再編成し、ピーター・ハミル (Vo, G)、ヒュー・バンドン(Organ, B)、ガイ・エヴァンス (Dr)、デヴッド・ジャクソン(Sax, Flu)の4人がヘレフォードシャーにあるノートン・カノンという村の古い司祭館に集まり次のアルバム制作に取りかかる。まだニュー・アルバムのレコーディングを始めてもいないのに、ツアーをでるという大胆な活動をする。そしてハミルが初めてエレトリック・ギターを演奏することになった。10月に《Godbluff》がリリースされた。11月、76年4月《Still Life》を発表。その後のツアー終了をもってバンドンが脱退を表明する。70年までのベースだったニック・ポッターが加入。ハミルはバンド名からGeneratorを取り〔ヴァン・ダー・グラフ〕と改名し、元ストリングス・ドリヴン・シングのグレアム・スミスを加えた編成でリハーサルに入る。10月には《World Record》を発表。しかしジャクソンが脱退表明。残ったハミル、エヴァンス、ホッター、スミスは77年2月からヨーロッパ・ツアーを行い、新生VDGをアピールする。ハミルのキーボードが過重を軽減するためにチャールズ・ディッキーを加え、ジャクソンがゲストで戻る形で6人組となり、77年《The Quiet Zone/The Pleasure Dome》、78年にライブ盤《Vital》を発表し、長い活動停止期間となる。
 2005年に突如復活する。ヒュー・バンドン(Keyboards,Bass)、ガイ・エヴァンス(Drums) 、ピーター・ハミル (Vocals、Guitar) 、デヴィッド・ジャクソン(Saxes, Flute) による27年ぶりの作品《Present》を発表する。

The Masters Present Touch Of Magic The Aerosol Grey Machine The Least We Can Do Is Wave To Each Other H To He,Who Am The Only One Pawn Hearts Godbluff Still LIfe World Record The Quiet Zone/The Pleasure Dome Vital

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