|
<本文から> −周瑜がいなくても、劉備がいるではないか。兵をあわせて西征すればよい。
東呉ではそんな意見が強かった。劉備を東呉の友軍と考えていたのである。劉備は孫権の妹婿になるのだ。
劉備陣営にも、孫権の誘いに乗ってもよいではないか、という意見があった。いくら援軍といっても、萄を取ったとき、分け前があるはずなのだ。
(さもしいことを考えるものではない。われらは分け前ではなく、天下万民のために天下が統一されることが望みなのに。…‥)
孔明は腹立たしくおもったが、口に出さなかった。劉備が孫権の申し出に、いささか心をうごかされているのをかんじて、
− 表面を飾るだけではいけません。
という意味の手紙を送ったことがある。
蜀の劉窄も、漢の魯王の末裔と称している。劉備もおなじ漢の中山王の子孫として、漢の復興をめざしている。それなのに、萄を攻めるのは、同族を攻めることになる。孫権の一支軍として萄を攻めるなら、
− 友軍の関係があるので、東呉に従軍しなければならなかった。……
という口実ができるわけだ。
孔明にいわせると、そんなことはただの「飾り」にすぎない。本質をごま化すことにほかならない。
漢をないがしろにする曹操を討つ。
劉備はその大目的をめざすべきである。同族がどうだこうだというのは、大目的のまえには小さいことではないか。
孔明は自分のめざすところは、ほぼおなじ方向にあるが、劉備のそれといささか異なる点もあるという気がしていた。
漢の復興、ということを、孔明はそれほどはげしく望んでいるわけではない。それよりも、天下統一である。万民の平和のためであれば、天下を統一するのが、漢系でなくてもよいとおもっている。ただ、それが曹操であってはならないのだ。
徐州での大虐殺のあとは、少年時代に目撃したが、いまだに彼の記憶から薄れていない。そのような獣行を許した曹操は、天下統一の資格をもたない。−これが孔明の信念であった。もし自分にその威が備わっているのであれば、自分が天下のあるじになってもよいとおもっている。
(劉公にはその威がある)
孔明が劉備に仕える気になったのは、そのためにほかならない。威というのは、ただ漢の後裔というだけのことではない。 |
|