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<本文から> 「ドン・セバスチャン、ドン・シモン、知っていますか」
「知っています。ドン・セバスチャンは大友屋形の次男大友親家殿、ドン・シモンは屋形の前夫人の甥田原親虎殿です」
「ソノ通り、ソノ通り」
ハテレンはおそろしく満足げであった。
「ソンナラ、アナタハ誰デス。身分ハサムライデスカ」
「さむらいです。今は大友家を去っていますが、以前は大友家につかえていました。名は大友家につかえている頃は杉松寿丸といっていました。今は成人したので珠之助とかえていますが。拙者が福音 にふれて帰信したのは、松寿丸といっていた時代でありました」
珠之助は、バテレンがくりひろげている帳面は、日本語の会話書であるだけでなく、日本のキリシタの名簿でもあるらしいと推察したので、こう答えたのであった。
「スギ、ショウ、ジュ、マル……」
といいながら、指先で帳面の一部分をたどっていた.ハテレンは、
「アア、アリマシタ、アリマシター・」
とさけんだ。
バテレンは三人を自分の船室に連れて行って、くわしい話を聞いた。
珠之助は一切を告白することは苦しかったが、仮にも教父にいつわりを言うことは出来ない。周防における戦争に敗れたことから、大津島のキリシタンらに救われたこと、大友家を立去ったこと、貿易のために中国に来て、なかまの者にはぐれたこと、鳳児と結婚したこと、鳳児の父を中国官憲に売りわたしてその財産を横領した王激のこと、その財産をとり返そうとして色々とやったこと、王激が約束をやぶって官憲に密告したために小舟にのがれる途中、風波に遭って子分を死なせ、漂流している時、助けてもらったこと、全部ありのままに打ちあけた。
珠之助としては、海賊のなかまに入り、その首領として海賊をはたらいたことを最も恥かしく思い、それが最も責められるであろうと思っていたのに、意外にもバテレンはそれについては、大して責めなかった。
「人ニハ、イロイロナコトガアルモノデス。官ノ名ヲイツワリトナエテ、人ノモノヲウバウノハ、ヨグナイコトデス。デキルダケ早ク、正シイナリワイニカエルコトデス。ワカリマシタカ。主ニオユルシヲネガイマショ」
といって、一緒に祈ってくれて、それですんだ。
不思議であった。
しかし、これは珠之助が知らないから不思議に思ったにすぎない。この少し前の時代から相当長い間、西洋諸国でも海賊時代になるのだ。一々海賊をとがめ立てしていては、西洋諸国は王家といえどもまぬかれることは出来ないのである。
ハテレンが最も重大視したのは、珠之助と鳳児の結婚が詐術の上になり立っていることであった。
「ダマサレテ、結婚シタノデスッテ? ソレコマル。大ヘン、ヨグナイ」
と言った。
鳳児はすっかりしょげ返って、小さくなって、消え入るような声で言った。
「でも、あたくし、この人が好きだったのでございます。死にたいほど好きだったのでございます」
「好キ? アナタガ好キデモ、ソレダケデ、主ハユルシテ下サラヌ。男一女トガ主二祝福サレテ夫婦ニナルニハ、双方ガ愛シティナケレバナラナイノデス」
とバテレンはきめつけた。
珠之助は鳳児がかわいそうになった。 |
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