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          林真理子-西郷どん・上

■お由羅騒動、吉之助をかわいがった赤山の切腹

<本文から>
  彼らのそんな呑気な会話は二年近く続いた。そして突然お由羅騒動≠ヘ始まったのである。
  まずは町奉行近藤隆左衛門ら六人に切腹の沙汰が下った。徒党を組み、謀反を企て、藩主斉興を隠居させようとしたというのである。近藤隆左衛門が、斉彬の側近として藩の情報を江戸へ送っていたのは確かである。が、それとひき替えに近藤には死という藩命が下った。
 しかも最初言いわたされた、切腹という武士にふさわしい死ではない。憎しみがつのってか、埋葬後に掘り返されて、改めて礫のうえ鋸挽とされた。士籍を剥奪してのことだ。
  近藤らは、お由羅、久光らの暗殺を計画していたのだという噂が、たちまち城下を駆けめぐった。計画といっても、仲間うちで半分笑い話のようにしたのを密告されたのである。
 「そげなことまで許されんとか」
 吉之助は唇を噛んだ。
 その間にも斉彬派といわれる者たちが、次々と処罰されていった。切腹は十三人、島流しは十七人にのぼった。取り調べの拷問に耐えられず自害した者もいる。
 その切腹した者の中に、日置郷を領する日置家出身の、赤山敬負もいたのである。
 物頭の赤山のところへは、長いこと吉兵衛が経理の手伝いに出向いていた。ここでの報酬は、かなり西郷家を助けていたのである。郷中では二才の赤山に、剣の教えを受けたこともある。赤山は吉之助に目をかけ、大層可愛がってくれた。
 しかし突然、赤山に切腹の命が下ったのだ。
 「おいは何もやっちょらん。どうしておいが腹を切らなくてはならんとじゃ」
と抵抗していた赤山であったが、最後は諦めて家を清め、仏間に新しい畳を敷いた。
 赤山は立会人として、弟の久武と吉兵衛を選んだ。
 その日、吉之助も身なりを整え、正座して父の帰りを待った。父と一緒に、何度か赤山のところへ行ったことがある。二十七歳という若さの赤山は、吉之助をひと晩中離さず、藩の未来についてもあれこれ語ってくれたものだ。
 その赤山が今日、自ら腹を切るという。
 吉之助も武士の子として、切腹の大まかな作法を知っている。三方を前に置き、左から刀を走らせ腹を十文字にかっ切るのである。傍らには介錯人″という者がおり、本人がこれ 以上苦しまぬように首を落としてくれる。この時、首を切られる罪人と区別するため、皮一枚を残すのが、腹を切る者に対する礼儀である。
 午後になってから、大層疲れた様子で書兵衛が帰ってきた。満佐が無言で塩をまく。
 書兵衛は仏間で、息子と二人きりになった。
 「こいを見よ」
 手にした風呂敷包みを開けた。血に染まった白い肩衣である。
 「介錯人がこられる前に、ちっとばかり時間があってな。そん時に赤山さまがおっしゃったとじや。西郷よ、どうかおいの肩衣を形見に持っていってくれんか。おいの無念をわかってくるっとは、西郷しかおらんと言われてな。そん時、弟御の久武さまが、兄上、この期に及んで見苦しか、と言ったらな、あたり前じゃ、何も悪いこともせんで、死んでいくおいの気持ちがわかってたまるか、義のためには喜んで命も差し出すが、謀のせいでは、見苦しかのはあたり前じゃとな……」
 声が震えている。
 「赤山さまは、どんだけ口惜しかったじゃろうか。あん方はお役目柄、斉彬さまにご報告申し上げただけであったに」
 「こげなことが許さるっとですか」
▲UP

■妻に三人の病人の世話までさせた

<本文から>
 妻の須賀と目が合った。晴れ着でないのはもとより、昨年と同じ木綿の縞ものを着ている。吉之助と夫婦の交わりがないまま、三人を看取ってくれた奏である。この女が何を考えているのか、吉之助には全くわからない。恨みがましい目でもしてくれれば、まだ声をかけることも出来ると思うのであるが、須賀はいつも静かで穏やかな表情をしている。
 自分にいちばん近い人間を、これほど不幸にしていることに吉之助は耐えられなかった。他の人間、たとえば弟妹、同輩たち、村歩きで会う百姓たち、彼らを幸福にしたいといつも願っている自分ではないか。それなのに、この女に何をしてやったらいいのか、皆目見当がつかないのである。いや、見当がつかない、というのは嘘だ。夜、同じ褥の中に誘い、抱いてやればいいのだろうが、そんな誤魔化しはしたくないと、吉之助は激しく首を振る。これだけの貧困を味わわせ、三人の病人の世話までさせた。その褒賞として、ひとかけらの愛情を投げ与えるようなことを、どうして出来るだろうか。
 須賀に対するあまりにも強いひけめのために、吉之助はなすすべがないのである。
 「きっと」
 吉之助は腹の底から大きな声を出した。
 「きっと、今年こそよかことがあっじゃろ。そいを信じっとじや」
 幼い彦吉さえも領く横で、須賀は暖味な微笑みを浮かべている。
 が、吉之助が口にした吉兆は本当であった。その日の午後、吉之助に中御小姓として江戸詰めの命が下ったのである。今度の行列に加わるのだ。
 「本当でごわすか!」
 上役の衿がみにつかみかからんばかりの勢いで尋ねた。
 「おいが、おいが、本当にお殿さまのお供をして江戸に行くつとでございもすかー」
 正月の膳は、思いもよらぬ吉之助の祝いの勝となった。まず長弟の吉二郎が、きちんと手をつき、兄の幸運を寿いだ。
 「こいは大抜擢というものでございもす。兄上の日頃のご精勤が認められたとでございもんそ。我らにとってもこのうえない喜び。お留守の間のことはどうかご心配なさらず、ご存分にお働きくださいもんせ。私が全力でこん家を守りもんで」
 一十二歳の竜助まであらたまった様子で、
 「今まで以上に畑仕事をいたしもす。そして彦吉のめんどうもみもす、どうか兄上、ご安心くださいもんせ」
 弟二人の決意を聞くと、吉之助も胸にこみ上げてくるものがあった。
 「うむ。祖父さま、父上、母上がいっきに亡くなった今は、おはんらだけが頼りじゃ。どうか留守をしっかり守ってくいやんせ」
▲UP

■地震後、再びの篤姫の婚礼準備で奔走

<本文から>
 渋谷の下屋敷へのあわただしい引っ越しの最中、吉之助は斉彬に声をかけられた。
「お前も知っておろう。於一の婚礼道具のすべてがやられてしまった」
「は、まことにおいたわしいことでございもす」
「が、婚礼をこれ以上ひき延ばすわけにはいかぬ。どんなことをしても来年には於一を嫁らねばならないのだ」
「はっ」
「お前に於一の婚礼道具を調えてもらう。あと一年ですべてを揃えるのだ」
 滅相もない、と答えようとしたが吉之助はやめた。斉彬の額にうっすらと見慣れぬ傷を見たからだ。地震で逃げる際に負ったものであろう。斉彬の苦悩を思えば自分はどんなことでも出来る。
 「こん西郷、確かに承りもした」
 頭を垂れた。
「来年の秋までに、篤姫さまのお道具すべてご用意いたしもす」
「西郷さま、そんなことは到底無理でございます」
 まず出かけた指物商の主人は、大きく手を振った。
「先日お納めさせていただいた箪笥、鏡台、長持、どれも三年かけてつくつたものでございます。名人といわれる塗師にやらせておりましたが、その者もこの地震で行方知れずでございます。私どももいつ商売が出来るかわからない状態でございまして……ほら、ご覧くださいませ」
 店先を指さす。数人の店の者たちが、のこぎりで材木を挽いている最中であった。
「私どもで使います桐や桑は、伊豆から直接仕入れて、板木にいたします。ところが板がだいぶやられてしまいましたので、こうして店の者たち総動員でかろうじて残った板を木取りしている最中でございます。あれ、西郷さま、どうなさいました。あ、そのようなことを」
 主人があわてて止めようとしたが、羽織を脱いだ吉之助は、のこぎりを手にしていた。そしてそれを挽いていく。
「おいは薩摩でさんざん薪をつくっちょった。おぬしらより挽くのはずっとうまかど」
 次の日の呉服商はもっと手強かった。
「神田川周辺の、友禅の職人がみんなやられてしまったのでございますよ。刺繍や匹田など京に注文を出そうにも、このようなありさまでは人をやることも出来ません。来年までにというのは、到底無理なお話でございます」
「それではこのあいだ納めてもらった、打ち掛けの下絵はあっとか」
「はい、それはなんとか持って逃げました」
 奥から厚い冊子の下絵を持ってきた。綾地に四季の草花、縮緬地に源氏絵、唐松に山水文様、どれも見事な意匠である。
「有難か、有難か」
 吉之助は頭を垂れた。
「主人は地震の最中、自分の命をも顧みずこれを持ち出してくれとじゃな……。本当に有難か。礼を言うでな。さて……」
 面くらう主人を前に西郷は立ち上がった。
「おいはこれを持って、さっそく京へ旅立つ所存じゃ。どうかおはんのところで取り引きのある京の職人を教えてくいやい。おいが行って直接頼もう」
「西郷さま、おやめください。わたくしどもから誰かやります。どんなことをしてでもつくりますゆえ」
 いつもは屋敷に呼びつける商人たちひとりひとりを吉之助は訪ね、頭を下げた。一ケ月もたたぬうちに、多くの商人たちが、
「西郷さまのためなら」
と震災の中から立ち上がった。
 そして約束どおり、次の年の秋までにはすべての道具と衣装が調ったのである。その中には、飯島産の硯をはじめ、べっ甲の櫛や大島の部屋着、実験場でつくられた硝子器(薩摩切子)といった薩摩の品々が含まれていた。
 あさっては篤姫が江戸城に入るという日、吉之助は幾島に呼ばれ、廊下に座って待つようにと命じられた。しばらくたった頃、女たちの衣ずれの音がした。
「西郷」
 若い女の声がした。
「このたびはご苦労であった。札を言います」
「はは一つ」
「苦しゅうない、面をあげよ」
 幾島の声だ。吉之助はそこで初めて篤姫の顔をまじまじと見た。薩摩の女特有の、大きな目が愛らしいと思った。微笑んだ。八重歯がある。女の顔に心を奪われたのは初めてのことであった。
▲UP

■政について問いかけられた

<本文から>
 「それは聞いておる。しかしその後、さまざまな救済措置をとったのではないか」
「制度が出来ましても、心が通っておらんと何にもなりますまい。貧しい村に農具や馬を与えるといっても、役人が形だけに置いていっただけでございもす。何か不都合はなかか、馬は肥えておっとかと、見まわりに行き、こまめに世話をやかねば、百姓たちは明日の激のために馬などすぐに売り払いもす」
「藩が与えたものを売りさばくとは、不届きではないか」
 斉彬の眉が上がる。たとえ不興を蒙っても話すべきことは話さなくてはと、吉之助は心を決めた。
「百姓というのは、籾や種がなくては生きてはいけもはん。それを蒔いて苗を育て米や芋をつくりもす。籾がなければ、米や芋を育てることが出来ず、未来がありもはん。半分死んだのと同じでありもす。たとえいただいた馬でも、籾のためにはこっそりと売っとです」
「確かに、薩摩には肝心の田んぼが少ない。わしは旅の途中、尾張の美しくどこまでも続く水田を眺めるたび、薩摩のことを思ってつらくなる」
「お殿さまのそのお心、嬉しくてないもはん」
「それならばお前は、どうしたらよいと思うのか」
 ほのぐらい灯の下、吉之助は酔ったような心持ちだ。斉彬は自分に問うているのである。
 どうしたらいいかと、この自分に心をゆだねているのである。
「やはり移住もやむをえぬかと」
「移住か。百姓たちを動かすのはむずかしいと聞いている」
「それは各村から一人、二人と動かすからでございもす。郷をごと動かせば、百姓どもも安心することと思いもす。この際、郷の責任者の中ですぐれた者は、一代に限り城下にお召しになりますれば、郷士もさぞかし働きを見せることと思いもす」
「なるほど、お前の言いたいことはわかった。心に留めておくことにしよう」
 問答は半刻(一時間)で終わった。最後に斉彬は、いつものように吉之助に課題を与えた。
「近いうちにまた小石川へ行くがよい。お前はあそこの者たちにも好かれているそうではないか」
「はは一っ」
 そして斉彬は香のかおりを残して去っていった。吉之助は身を起こす。脇の下にびっしりと汗をかいていた。今まで命を受けたことはあっても、政について問いかけられたのは初めてである。それに斉彬が満足したかどうかはわからない。しかし新しい命が下ったということは、身近に置いて使いたいということではないだろうか。出来るだけ早く、小石川の水戸屋敷に行かねばならぬところであるが、かの地は昨年の大地震の傷がまだ癒えてはいない。
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■斉彬の逝去

<本文から>
 七月二十七日、関東の形勢が逆転したことを知り、吉之助は再び京にいた。錦小路の鍵屋という宿が、薩摩の者たちがよく使うところだ。吉井、伊地知といった故郷の幼ななじみたちも泊まっており、さっそく議論を交わすことになったが、その最中、宿屋の戸を叩く者がいる。
 「誰やろ、このところ不用心やよって」
 主人がなかなか戸を開けないと、薩摩耽りのある声で、
 「おいはすぐそこの薩摩屋敷から来た使いじゃ。そこに西郷吉之助という方がおるはずじゃが、すぐに書状を渡したか」
 薩摩屋敷からの使いと聞いて、吉井、伊地知も立ち上がった。
 「こげな時間に、何じゃろう」
 二人の前で手紙を拡げた吉之助は、おこりのように震え始めた。顔がまっ青になり、あわわと声も出ない。
「いったい何があったとじや?」
 吉井が勝手に横取りした。
 「なに、なに……去る七月十六日暁天、太守さま、ご逝去。こいはいったいどういうこつじゃ」
という青井の声を吉之助は聞いていない。ほとんど失神していたのである。
 八日たち、やっと人心地がついて、吉之助がまずしなければならぬと決心したことは、薩摩に帰ってご墓前で死ぬことであった。斉彬が倒れる直前まで兵を調練していたという天保山でもいい、斉彬とひと晩中語り合った仙巌園の、庭の片隅でもいい。自分は切腹しなくてはならないのだ。斉彬の後を追って死ぬ。そのことだけが何重もの絶望の闇の中で、唯一の光のように思えてくるのである。
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■菊次郎の誕生

<本文から>
 「いや、西郷先生、それはいけない」
  いつのまにか兄の富堅は、吉之助のことをそう呼ぶようになっていた。
 「いずれあなたさまは、薩摩にお戻りになり正式な奥さまをお迎えになるでしょう。そして嫡子がお生まれになる。そのお子さまにこそ太郎とつけるべきでしょう」
 「兄さん、この子は嫡子ではないというのですか」
 気色ばんだ愛加那は、赤ん坊を抱いたまま、じりじりと富堅ににじり寄っていった。
 「この子は旦那さまの初めての子どもなのです。太郎とつけて何が悪いのですか」
 いつにない愛加那の剣幕に一同は息を呑んだ。
 「富堅殿…:」
 まっ先に口を開いたのは吉之助である。
 「おいはこん島に流された身じゃ。左ここで暮らすともう覚悟を決めちょっ。じゃで妻も愛加那ひとり、子もこん菊太郎ひとりになるはずじゃ」
 「いやぁ、西郷先生。あなたは嘘をついている。愛加那を悲しませまいと、そんなことをおっしゃらなくてもいいのですよ。あなたはいずれ薩摩を背負っていくお方。そんなことは、こんな南の島しか知らない私にもわかります。政治の潮目が変われば、すぐにお戻りになるでしょう。そして薩摩のえらいお方になり、あちらのちゃんとした人を奥方にお貰いになるはずです」
「いや、おいは‥…」
「西郷先生、これはこの子のためでもあります」
 富堅はここでいったん言葉を切った。そして、鍋の煤を人さし指にとり、赤子の眉の間に塗っていった。健康に育つようにという儀式である。
 「島で娶った妻は、薩摩に連れて帰ることは出来ません。しかし子どもはいつか薩摩に引き取ることが出来るのですよ。この子が菊太郎という名前で薩摩に行ったら、将来気まずい思いをすることがあるかもしれません。どうかいっときの情けに流されることなく、菊次郎とおつけください」
「わかりもした。かたじけなか」
 吉之助は深く頭を下げた。義兄の配慮に降参した形だ。愛加那は静かに泣き始めた。
「さあ、みなで祝いの唄を」
 兄嫁が促す。そして「長朝花節」が始まった。
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