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<本文から>
関羽が残した一書は、曹操が、朝食の席に就いた時に、呈しられた。
・・・・・・・・前に、羽、下?の守りを失い、請うところの三事、配に恩諾を蒙る。いま、故主が、袁紹軍中に在るを探り、昔日の盟を思い、豈達背するを容さんや。新恩厚しと錐も、旧義忘れがたし。ここに、書を奉じて告辞す。
曹操が、一読し了えた時、北門の守将から、関羽が、車杖鞍馬、三十人をひきつれて、門を押し通って、北を指して落ちて行った、と急報して釆た。
つづいて、関羽に与えておいた舘を調べた巡邏隊の隊長からの報告がもたらされた。
邸内は、一塵もとどめず、きれいに浄められ、贈った品物は、ことごとく残してあり、漠寿亭侯の印綬も、そのまま、堂上に懸けてある、と。
「ふむ!」
曹操は、宙へ双鉾を据えて、ひくく、坤いた。
そこへ、あわただしく、一将が、入って釆た。
「丞相、ねがわくは、それがしに、鉄拳二千を与えたまえ。直ちに往って、関羽を生捉って、丞相に献じ申す」
と、願い出た。
諸将中、替力五十人力を誇る蔡陽であった。
曹操麾下で、張遼をはじめ、徐晃、夏侯惇ら、いずれも、関羽に敬服しない将軍はなかったが、一人、蔡陽のみは、関羽に対して、反感を抱いていた。
曹操は、冷やかに、蔡陽を見やって、
「来ることも、また去ることも、清らかな水のごとき明白は、あっばれ偉丈夫の進退と申すべき関羽である。その方も、これを手本にするがよい。・・・・・・・・追うことは相成らぬ!」
と、きめつけた。
その時、程cが、姿を現した。
「わが君!関羽は、あれほどの厚遇をたまわり乍ら、いま、暇も告げずに去ったときき及びますが、鈞威を冒涜した罪は許されますまい。また、渠を従って、袁紹の陣営に投じせしめんか、虎に翼を添えるにひとしいことに存じます。いま、追跡して、これを殺し、後患を絶つのが上策ではありますまいか」
つよい語気で、迫った。
もうその時には、諸将が、ぞくぞくと姿をみせた。
曹操は、緊張した諸将の顔をずうっと、見渡してから、
「ならぬ−」
と、云った。
「余は、ききに、関羽を、この許都にともなうに当って、三約を成した。関羽は、それを守った。余もまた、これを守らねばならぬ。余は、財賄を以て、渠の心を動かすことはできなかった。また、爵禄を以てその志を移すことも叶わなかった。関羽霊長こそ、真の武人と申すべきであろう。その去るにあたっての見事さをみるがよい。金銀財宝はことごとく、庫におさめて、一物も持ち去らず、印綬さえも残して行った。斯かるまねが、余人にできるであろうか。・・・・・・・・張澄、その方一騎で、追うて、関羽を、しばらく、とどめておけい。余が、あとより馳せて、追いつき、関羽のために、その壮行を見送ってやりたい、と思う」
そう命じた。 |
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