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<本文から>
突然、曹操が、我破とはね起きた。
「陳宮、起きろ!」 才
呼ばれて、陳宮も、ばっととび起きた。
「陳宮、きこえるか。刀を音が、ひびいて来るだろう?」
そう云われて、陳宮は、そっと、戸を開いて廊下へ出ると、耳をすました。
屋敷の裏手から、たしかに、しゆつ、しゆつ、と刀を磨ぐ音がきこえた。
のみならず、数人の声が、
「縛らなければ、殺せぬぞ」
とか、
「木へくくりつけた方がよいのだ」
とか、
「咽喉もとを、ひと突きにすれば・・・・・・」
とか、話しあっている。
−さては?
陳宮は、戦慄した。
曹操が、そばへ寄って来て、
「呂伯奢は、隣村の役所へ行って、様子をきぐつて来る、と申したが、密訴に行ったに相違ない。留守のあいだに、使傭人どもに、われわれを殺きせておいて、おのれ自身は、知らなかったことにして、後日、父に弁明するこんたんであろう。…陳宮、殺される前に、こちらから、撃うぞ!」
と、ささやいた。
陳宮は、しかし、
「どうも、あの呂伯奢殿が、そのようなおそろしい考えを起した、とは思えませんが・・・・・・」
とためらった。
「では、なんのために、夜に入って、刀を磨いでいるのだ」
曹操から、そう云われると、陳宮も、自分たちを殺すためのように思えた。
「論議はして居れぬ。先手を打つのだ」
曹操は、剣を抜きはなつや、廊下を奔った。やむなく、陳宮もつづいた。
そこへ、躍り込んだ曹操は、一喝しぎま、刀を磨いでいる者の首を刎ねた。
つづいてとび込んだ陳宮が、矛を持っている者を斬った。
あとは、もう、悪鬼のように、悲鳴をあげて逃げまわる者に、襲いかかる地獄図をくりひろげるばかりであった。
またたくうちに、六人をその場に斬り乾し、きらに、その騒ぎをききつけて、かけつけて来た者たちを、追って、ことごとく殺した。
陳宮は、一人を草堂の裏庭へ追って、斬ったが、その時、厨の外のあたりで、黒いものが唸りをあげて、あばれているのに、気がついた。
それは、杭にしばりつけられている猪であった。
陳宮は、愕然となった。
使傭人たちが、刀を磨いでいたのは、捕えて来た猪を殺して、料理するためであったのだ。おそらく、主人の呂伯奢から命じられて、夜のうちに料理して、明日、二人の客人の食卓をかぎるためであったろう。
「はやまった!」
陳宮は、自分たちの早合点き、烈しく悔いた。
しかし、もはや、おそかった。
「許きれい!」
陳宮は、地に頼って、頭を垂れた。
「陳宮、はやく来いっ!」
せきたてる曹操の声が、ひびいた。 |
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