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          三国志 英雄ここにあり(上)

■曹操が誤って恩人を殺す

<本文から>
 突然、曹操が、我破とはね起きた。
「陳宮、起きろ!」    才
 呼ばれて、陳宮も、ばっととび起きた。
「陳宮、きこえるか。刀を音が、ひびいて来るだろう?」
 そう云われて、陳宮は、そっと、戸を開いて廊下へ出ると、耳をすました。
 屋敷の裏手から、たしかに、しゆつ、しゆつ、と刀を磨ぐ音がきこえた。
 のみならず、数人の声が、
「縛らなければ、殺せぬぞ」
 とか、
「木へくくりつけた方がよいのだ」
 とか、
「咽喉もとを、ひと突きにすれば・・・・・・」
 とか、話しあっている。
 −さては?
 陳宮は、戦慄した。
 曹操が、そばへ寄って来て、
「呂伯奢は、隣村の役所へ行って、様子をきぐつて来る、と申したが、密訴に行ったに相違ない。留守のあいだに、使傭人どもに、われわれを殺きせておいて、おのれ自身は、知らなかったことにして、後日、父に弁明するこんたんであろう。…陳宮、殺される前に、こちらから、撃うぞ!」
 と、ささやいた。
 陳宮は、しかし、
「どうも、あの呂伯奢殿が、そのようなおそろしい考えを起した、とは思えませんが・・・・・・」
 とためらった。
「では、なんのために、夜に入って、刀を磨いでいるのだ」
 曹操から、そう云われると、陳宮も、自分たちを殺すためのように思えた。
「論議はして居れぬ。先手を打つのだ」
 曹操は、剣を抜きはなつや、廊下を奔った。やむなく、陳宮もつづいた。
 そこへ、躍り込んだ曹操は、一喝しぎま、刀を磨いでいる者の首を刎ねた。
 つづいてとび込んだ陳宮が、矛を持っている者を斬った。
あとは、もう、悪鬼のように、悲鳴をあげて逃げまわる者に、襲いかかる地獄図をくりひろげるばかりであった。
またたくうちに、六人をその場に斬り乾し、きらに、その騒ぎをききつけて、かけつけて来た者たちを、追って、ことごとく殺した。
陳宮は、一人を草堂の裏庭へ追って、斬ったが、その時、厨の外のあたりで、黒いものが唸りをあげて、あばれているのに、気がついた。
 それは、杭にしばりつけられている猪であった。
 陳宮は、愕然となった。
使傭人たちが、刀を磨いでいたのは、捕えて来た猪を殺して、料理するためであったのだ。おそらく、主人の呂伯奢から命じられて、夜のうちに料理して、明日、二人の客人の食卓をかぎるためであったろう。
「はやまった!」
 陳宮は、自分たちの早合点き、烈しく悔いた。
 しかし、もはや、おそかった。
「許きれい!」
 陳宮は、地に頼って、頭を垂れた。
「陳宮、はやく来いっ!」
 せきたてる曹操の声が、ひびいた。 

■曹操の非道な振る舞い

<本文から>
 「あ−待ちなきい」
 呂伯奢がとどめたが、もう、曹操は、数聞ききへ奔っていた。
 陳宮は、心の裡で、ふかく、詫びておいて、そのかたわらを駆け抜けた。
 それから、ものの数丁も替ってから、不意に、曹操は、たづなを引いた。
「そうだ!」
 曹操は、声をあげた。
「陳宮、ちょっと、待っていてくれ」
「どうなさるのです!」
「うむ。為さねばならぬことを思いついた」
 云いすてるや、馬首をきっもめぐらして、いっさんに、聞の中へ、駆け込んで行った。
 −どうした、というのであろう?
 陳宮は、なにやら、不安な心地になって、待っていた。
 やがて、馬蹄の音がひびいた。
 曹操は、陳宮のそばへ、駈けもどって来ると、
「これで、よし! 行こう」
と、うながした。
 「曹操穀、一体、何をされて来たのです?」
 「うむ。呂伯奢を、斬って来た」
 曹操のこともなげな返辞に、陳宮は、あっとなった。
「ど、どうして、そ、そのような振舞いを!?」
「判りきったことではないか、陳宮。呂伯奢が、帰宅して、家人どもが殺されている光景を眺めれば、必ず、われわれに対して、激怒し、官へ訴え出るに相違ないではないか。県吏へ急報されたならば、われわれの行手には、捕縛の網が張りめぐらされる。やむを得ぬ仕儀だ」
「し、しかし・・・・・・、貴方に対して、あれほどの好意を持ち、かばってくれようとし毒意の御仁を、むぎんにも、斬るとは・・・」
「陳宮!大事の前には、小事にかまっては居れぬのだ。それが、天下を取る大志を持った者の心得だ。いたずらに、善人ぶるのは、無駄だぞ!行こう」
 曹操は、馬に鞭をあてた。
 あとにしたがう陳宮は、
 ・・・・・・むぎんな! これは、あまりにも、非道にすぎる!
 と、暗然たらぎるを得かかった。
自分が、この人物に順ったのは、あやまちではなかったか?
 こう悔いた。

■劉備は「家臣は手足の如く、妻子は衣服の如し」と張飛を許す

<本文から>
 劉備は、おだやかに、関羽をなだめた。
「張飛としては、曹豹の裏切りと呂布の乱入に、我を忘れて、つい、妻や幼児を扶る余裕を失ったのであろう。やむを得ぬ仕儀であったと思われる」
その寛容の言葉をきくや、張飛は、いきなり、かたえの蛇矛を肝って、おのが首を刎ねようとした。
 これを視て、劉備が、厳然として、
「張飛! うろたえるな」
 と、叱咤した。
関羽が、あわてて、張飛から、蛇矛をとりあげた。
「張飛、申しきかせることがある」
劉備は、がっくりと頭をたれた張飛にむかって、静かに云った。
「古人の教えるところに、次のような言葉がある。家臣は手足の如く、妻子は衣服の如し、と。衣服の破れたのは、つくろい、縫うことができる。しかし、手足を喪っては、もう生えては来ぬ。・・・・・・われら三人は、楼桑村の桃園に義を結んで、同日に生まるることを求めず、ただ同日に生まれんことを願う、と誓うたぞ。・・・・・・いま、わしは、城と家族を失ったが、その方ら血盟の忠臣二人がのこって居る。わしにとって、城と家族を失うよりも、その方らが生きて、忠誠を誓って股服として左右に在る方が、どれほどうれしいか知れぬ」
張飛が、この言葉に、たまらず、嗚咽した。

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