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<本文から> 趙雲は、確然たらざるを得なかった。
孔明が、一足さきに幕中に戻ると、諸将は、ようやく、孟獲を解き放ってやった理由をうかがおうではないか、と話し合った。
趙雲、魏延はじめ大将たちが、うちそろって罷り出て、その理由の説明を求めた。
孔明は、無表情で、冷たく、
「わたしは、孟獲の身を捕らえるのではなく、心を捕えたい、と考えて居る。それだけのことだ」
と、こたえた。
しかし、この短い言葉は、一同をして、成程、と納得させることはできなかった。
−孟獲を殺してしまえば、南蛮夷は、完全に蜀のものになり、身毒その他の南方諸国と、自由に交易する道が、わがものになるではないか。
諸将が、そう考えたのも、当然のことであった。
たしかに−。
蜀の国とって、昆明から西へ下り、雲南を横断し、サルウィン・イラワジ河の上流に沿ってビルマに入り、ビルやからインドに至る道は、絶対に確保する必要があった。
中国大陸が、三分され、北は魏、東は呉に占められた蜀が、物資を輸入し、国を富ませる唯一の交通路となるのであった。
さらにまた、昆明から東へ進んで、貴州に入って、水路を利用すれば、インドシナ半島へ至ることもできるのであった。
諸将は、孔明が、孟獲という蛮王の器量を買いかぶり、これを蜀廷の一員に加えよう、という気特になっている、としか受けとれなかった。蛮王孟獲が、侵略者蜀帝の下に就くとは、全く考えられぬことだった。むしろ、死を、えらぶに相違なかった。
かれらは、孔明のまことの心中を測ることができなかったのである。
孔明は、知っていた。
南蛮夷の民族は、魏・呉・蜀の漢民族とは、全く異質な民族であることを−。
南蛮夷人は、その総帥孟獲を、神に等しい存在として、信仰しているのであった。この蛮王を殺せば、南蛮夷人は、神を失った憤怒を抱くに相違なかった。かれらに対して、孟獲という神のかわりに、軍帝という神を信仰させることは、不可能であった。
孔明が、為さねばならぬのは、南蛮夷人に対して、孟獲を、神の地位から、ただの人間の地位にひきずりおろしてみせることであった。
生捕った孟獲の首を刎ねることは、たやすい。しかし、その瞬間から、蛮王は、南蛮夷人にとって、完全に永遠の神となってしまうであろう。
南蛮夷人は、子々孫々、神になった孟獲を信仰しつづけることになる。そして、蜀帝は、神の敵である悪魔として、のろわれつづけることになるのであった。 |
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