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          鳥羽亮 真田幸村の遺言(上)奇謀

■真田幸村は豊臣家の再興を大助に託す

<本文から>
 「わしは、この場で死に花を咲かせるつもりじゃが、わが真田一族の戦いを、このまま終わりにはさせぬ。大助、向後の徳川との合戦はおまえが引き継げ」
 そう言って、さらに身を寄せ、
 「城に入り、落城の騒ぎにまぎれて秀頼公を落とし、豊臣家の再興をわが真田の手ではたすのじゃ。そのための手筈はととのえてある」
 そう、底びかりのする目で大助を見つめながらささやいた。
 「………!」
 大助は絶句した。この期に及んで、父は豊臣家の再興を真田の手ではたせと口にし、それをわが子にたくそうとしているのだ。
 大助は、あらためて父の徳川家に対する怨念の深さと深謀に震撼した。まさに、真田幸隆(曾祖父)、昌幸(祖父)、幸村の三代にわたり戦国武将の間で「表裏比興の者(策士)」として恐れられた者の面目躍如だった。
 「行けい!大助」
 幸村は大声を上げた。
 その声には、最後の大舞台に立って何々大笑しているような快活なひびきがあった。幸村は、討ち死にしかない最後の合戦を楽しんでいるふうでさえあった。 
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■大助の策

<本文から>
 大坂冬の陣である。
 それから六十八年もの歳月が流れたのだ。
 「とうとう、餌に食いついたか」
 幸裏を見つめた大助の目に、燃えるようなひかりが宿っていた。
 「はい、やっと。おゆらが、殿と」
 「そうか。だが、まだこれからじゃぞ」
 大助は笑ったようだったが、歯のない口元が奇妙にゆがんだだけだった。
 徳川の世をくつがえすため紀州藩主に配下のくノ一を抱かせるという奇策を考えだしたのが、大助だった。
 その策はこうである。
 くノ一は、藩主に抱かれるが胤は宿さない。くノ一の巧みな性技なら可能である。そして、抱かれた後、すぐに豊臣の直系の者と情交し、その胤を宿す。そうすれば、生まれてくる子は豊臣家の者であり、その者が幕府の実権を握れば、やがて豊臣の血が徳川のそれを駆逐するのではないか。
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■真田大助の最期

<本文から>
 そして、そばに座して覗き込んでいる新之助の顔を目にすると、夜具の下から枯れ木のような手を這わせ、新之助の手を握ろうとした。
 新之助は老爺を見つめたままその手を握りしめてやった。
 すると、その目が細くなり、乾いた唇がゆがんだ。笑ったようである。
 「ひ、秀頼さま、そっくりで、ございますぞ。豊臣の天下も、夢ではございませぬ」
 老爺の痩せさらばえた顔に、かすかに夢見るような表情が浮いた。
 「あなたさまは」
 新之助が訊いた。老爺が口にした名は、豊臣秀吉の嫡男の秀頼ではないかと気付いたのだ。
 老爺は答えなかった。夢見るような表情のまま新之助を見つめているだけである。
 「爺さまは、大坂城から秀頼さまと落ち延びた真田大助にございます」
 脇から幸真が小声で言った。
 「真田大助!」
 新之助は息をつめ、老爺の顔を見つめた。
 徳川と豊臣の最後の合戦である大阪夏の陣に、父幸村とともに参戦し、最後まで秀頼のそばを離れず落城する大坂城とともに討死したと伝えられている真田大助、その人であつた。その勇者が、いま新之助の目の前で息を引き取ろうとしていた。
 だが、それほどの衝撃はなかった。新之助は、自分の父親が秀吉の曾孫にあたる吉頼であることを知ったときから、大坂城から秀頼を助け出した者がおり、それが真田大助ではないかとの思いがあつたからである。
 「わ、若」
 大助が絞り出すような声で言い、新之助の顔を探すように視線を動かした。
 「新之助は、ここにおるぞ」
 そう言って、握っている手に力をこめた。
 「若、徳川との合戟は、これからで、ございますぞ。さ、真田は、かならずや、若とともに豊臣の天下に……」
 そう言うと、カッと両眼を睦き、頭をもたげようとした。
 が、わずかに頭が動いただけで、喉のつまったような坤き声がもれ、ふいに呼吸が荒くなった。そして、二度、息を吸い込もうとして口を動かしたが、ふいに、がくりと顎が落ちた。眠ったように目をとじたまま動かない。
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■紀州藩五代藩主に就任

<本文から>
 九月二十一日、新之助は将軍綱吉に呼ばれ、事実、久通、川村、それに薬込役の側近を同行して江戸にむかった。
 幸真たちの顔は晴れやかだった。紀州藩を攻め落とすという当初の目的を果たした上、頼職側の暗殺の懸念も消えたのである。
 数日前、頼職の側近として蜂谷とともに数々の陰謀をめぐらせた神山も、自邸で腹を切って果てていた。蜂谷が禅窓寺で死んだ二日後であった。
十月六日、新之助は五十五万五千石の紀州藩五代藩主に就任した。まだ、二十二歳の若さである。
 さらに、十二月一日、新之助は綱吉より一字を賜り、吉宗と改名した。
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