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<本文から> 幸村はゆっくりとそちらに顔を向けた。
三、四尺のところに、赤吉がすわっていた。屈折してさしこむおばろ月の明りが蓬髪にこもって、ぼうとにじんだように見え、その下に両眼が薄く光って凝視していた。チソコロかなんぞが、主人の側にすわって、熱心に目のさめるのを待っている風情であった。
幸村はこの少年がこうして来るのを心のどこかで待っていたことに気づいた。
「用事じゃろう。おれもそなたに用事があった」
と、声をひそめて言った。
おとらず低い声で赤吉ほいう。
「ああ、用事じゃ。おれ、ちっとばか言いにくいことじゃが、おまんの家来にしてくれんかね。どうも、おまんが気に入ってなんねえだ。こげいなのも相縁奇縁つうものじゃろの。ふんとに気に入ってなんねえんだ。そげいにしておくれや。頼むけにな。ふんとに、おら働くで。おまんも宇太や金平どんみてえに鈍な家来ばかりじゃ、気ばかりもめてなんねえだべ。おらを家来にしてみや。あげいな連中の十人前は役に立つで。ぐんと徳用ちゅう
んやで。どや」
すりよるようにして言う。蓬髪が顔におおいかぶさりそうだ。
「あんまり側によるな。シラミがうつる。もそっとそちらへ寄れ」
「シラミは、今日泳いだ時、大方逃げてしもうた。いくらものこっていねえ」
「それでもいくらかはのこっとるはずじゃ。そっちへ寄れ」
「はうかい」
しぶしぶ遠のいた。
幸村はむくむくと起きて、あぐらをかいた。
「実はな。わしもそう思うていたところだ。そんならおれが家来になるか」
「してくれるかー」
赤吉はばんと両手をたたき、声が高くなった。
「静かに!高い声を出すな」
「そんでも、おらうれしいもの!」
おぼろな明りの中にも、いかにもうれしげだ。よろこびが小さなからだにおどっているように見える。きっと顔にも生き生きとした歓喜の色があるのであろう。
「うれしくても、そううれしがってはならん。武士というものは、喜びも、怒りも、かなしみも、楽しみも、野鑑で湯をわかすように紆喘に外に見せてはならんのだ。そちも武家奉公する以上、この心得を忘れてはならん」
「ヘッ、もうご説教かえ。ぬからん殿様じゃのう。しかし、かまへんわ。何ちゅうかて、おまんはおらが殿様じゃでの、なんぼでも説教なさろ。おらおとなしゅう聞くわ」
幸村は微笑した。
「いや、もう説教ほせん。それより、そちに申しつけるごとがある。奉公はじめのしごとだ。見事つとめるか」
「つとめるとも! 何でも言いつけておくれや。きっとやってのけるけに」
「そうか。満足じゃぞ」 |
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