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<本文から> 真田幸村といえば、誰もがさわやかなイケメンの青年武将を思い浮かべるのではないだろうか。実際、漫画やゲームに登場する幸村は、髪が長く、スレンダーな美しい武将に描かれることが多い。
だが、実際の幸村は、九度山では中年、いや当時としては老年にさしかかる年齢になっていた。なにせ、父昌幸が死んだときにはもう四十五歳であった。現代の感覚では、六十歳近い年齢といえようか。
「私など去年から急に年を取り、ことのほか病身になり、歯なども抜けました。ひげなども黒いところはあまりありません」
幸村は書状の中で自分の容貌についてそう述べている。
幸村は人間として、また男として最も働き盛りである三十代、四十代のほとんどを何もできない流人として送り、いつしか歯が抜け、ひげも白くなった初老の小柄な男に成り果てていた。
幸村にとって、この目の前の平穏な生活を満喫して、家族のために生きることも人生の選択肢の一つであったろう。むしろ妻や家族はそれを望んでいたのかもしれない。
「一度きりの人生がこれでいいはずはない!」
幸村はそれで一生を終わりたくはなかった。名将真田昌幸の子として一度でもいいからチャンスがあれば、自らの力を満天下に示してみたかった。
しかし、現実は、何もしないまま、ただ老いていく自分を見つめるだけの日々を送るしかなかった。
それでも、赦免という希望があればこそ、それに懸命に耐えた。
幸村は、父昌幸が亡くなったとき、一繹の希望をもった。父昌幸の流罪地での死はその罪を十分に償うものであり、次男の自分がその罪を受け継ぐ理由などなかった。幸村は父の死にあたって出家し、「好白斎」と名乗り、徳川家への恭順の意を示した。
だが、昌幸は最後まで「公儀に憤る人」とされ、結果的に父に従った幸村も同罪とされた。そのことにより、一繚の希望も砕かれてしまった。幸村にも赦免の日など訪れることはなかったのである。
しかも、昌幸の死に伴い多くの家人は上田に帰り、家臣はたった三人になってしまった。 |
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