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<本文から>
「やがて諸藩にも見はなされ、結局、幕府は自ら墓穴を掘る。……しかし、西郷ざん、高みの見物はいけません」
「おもしろい芝居なら、見物してもよかろう」
「いけません。僕にはあなたと大久保さんの胸中はだいたい推察できます。……薩摩はこの際、しばらく薩南にひきこもり、国力を充実させるために、もっぱら富国強兵の策を行い、時機を待って再び中央に押し出し……」
「よくしゃべる御仁だ」
「はっはっは、勝海舟先生の弟子ですから、舌がまわります。いけませんか?」
「いや、聞こう」
「時機を待って中央に押し出し、薩摩独力で朝権を回復、国威を海外にかがやかせる回天の大業を実行しようと考えておられる。……だが、それはいけません。もし長州がつぶれるのを待って、薩摩の独力でやったら、薩摩幕府ができてしまう」
「ばかなこと!」
西郷は甲板椅子の上で身をおこし、「坂本さん、あんたは海舟先生の高弟だ。私も海舟先生の言葉はしかとおぼえている。私と大久保の考えていることはどこまでも先生の言われた一君万民の共和政治、雄藩連合だ。薩摩の独力で幕府を倒し、回天の大業が実現できようなどとは夢にも思っていない」
坂本龍馬は大げさにうなずいてみせて、
「なるほど、なるほど。こいつは僕の読みが浅かった。そこまで考えておられようとは……。おや、あれは薩摩の船ですね」
南西の微風に帆をはためかせながら、丸に十字の船印をひるがえした千石船が島陰にかくれて行くところであった。
西郷は早くから気がついていたらしく、即座に答えた。
いぶすき
「指宿の浜崎屋太平治の持船だ」
「浜崎屋なら知っています。長崎のグラバー屋敷で何度も会いました。町人にしては腹のできた、おもしろい男です」
と言って、急に思い出したように、「西郷さん、たしか浜崎屋は下関で持船を撃沈されたことがありましたね、長州兵に。それも、つい最近…・」
西郷はうなずいた。
坂本は声をはげまして、
「いけませんね、薩摩と長州が船の沈め合いをしているようでは。……どうです、西郷さん、高杉晋作に会いませんか。僕と中岡慎太郎が御案内します」
西郷は答えない。坂本龍馬はかまわずにつづけた。 |
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