その他の作家
ここに付箋ここに付箋・・・
          海音寺潮五郎-列藩騒動録(下)

■主お家騒動は、継嗣問題と党派の抗争の騒動は少なく、多くは変形

<本文から>
 最も本格的なお家騒動は、継嗣問題を中心として、党派の抗争がからむのだが、実際にはそんな騒動は少ない。多くは変形だ。黒田騒動は主人と家老との抗争だし、加賀騒動は本当は新進の権力者と門閥重臣との争いであり、この騒動や、越前騒動や、越後騒動は、党派の抗争だ。越前騒動や、越後騒動は徳川家の親藩の家の事件だから、家が取潰されるまでには至らなかったが、外様大名ではこんなことになる。それは実例も多く、管見ていることなのに、寛永頃までは次々にずいぶんこの種のお家騒動が多い。意地を重んずる戦国の武士気質が濃厚にのこっていて、それがさせたのだ。これは武士道の発達と関係がある。寛永末から元禄頃までに、儒者らによって武士道が確立すると、こんなばかげた抗争はしなくなるのである。 
▲UP

メニューへ


トップページへ