その他の作家
ここに付箋ここに付箋・・・
          海音寺潮五郎−蒙古来たる4

■大軍の蒙古軍、対馬の酸鼻な惨状

<本文から>
 蒙古軍は、目にあまる大軍だ。射れども、発せども、あとからあとからと、船をよせて浜におり立ち、馬をおろし、打ち乗った。
 彼等は決して、一騎がけしない。隊伍を組み、金鼓を合図として整々と行動する。はじめ、左方と、右方の、こちらの弓のとどかないほどの遠くに、兵を揚げ、縦に展開しつつ、じりじりとよせて来た。大きくひろげた両腕で、抱きこむ形であった。
 助国は、これにたいして矢を射かけさせ、大将分と思われる、さわやかに鎧った者を四騎も、射落させたが、間もなく、敵は前面にも兵を上げた。
 巧妙をきわめた戦術であった。三方の蒙古勢は、鉦と太鼓とで、連絡をとりながら、包囲の隊形となり、次第にそれをせばめて来た。袋の口をしぼるようであった。いつのまにか、十重二重の囲みの中に封じこめられて、八方から矢を射そそがれた。
「あわれや、助国をはじめとして、その子馬次郎、養子弥次郎以下、一族郎党、のこらず、戦死をとげた」
 声がせまって来たかと思うと、時宗のふっくらとした感に涙が伝った。通有も同じ思いだ。胸が熱くなり、歯がきりきりと鳴った。
「更にいたましいのは、島民共だ。今は防ぎ戦う者のなくなった島に、雲霞の如くおし上って来た蒙古勢は、家という家におし入って、財宝をかすめとり、火をかけて焼きはらい、男は殺し、女はけがした上に、両の掌に穴をあけて綱をとおし、数珠のようにつないで、船のまわりにかけならべたという」
 耳をふさぎたいくらい酸鼻なことであった。通有は、対馬という土地をよく知っている。いくたびかの支那往来に船がかりしており、ついこの前も、黒山島からの帰りに立寄っている。風景は奇絶、人情は純朴、平和な島だったのだ。その島が、そんなむごい目に遭おうとは!
■蒙古軍が襲い来った暴風雨のため潰滅
 もし、蒙古軍が追撃をかけたら、日本軍は一たまりもないところであった。総敗軍し、太宰府は占領され、ひいては、全九州は蒙古人の蹴肺がまかせたにちがいない。九州に足場を得られたら、次は中国、四国、そして近畿
 「幸運であった。幸運であった」
 通有の声は、ふるえた。
 智智は笑った。
 「その幸運におどろくは早いぞよ。日本は、更に幸運であった。その夜半のことだ…」
 にわかに襲い来った暴風雨のため、蒙古の船は瓢蕩し、衝突し合い、大部分は破壊し、覆没した。
 「夜が明けて、日本勢も夢かとおどろいた。入江を覆うて、帆柱を林とむらがり立たせ、大城のように旗を立てならべていた蒙古の船の姿は消えて、あらしのなごりをのこして、まだ波の高い、濁りかえった海の至る所に、こわれた船材がただよい、岸には溺死した蒙古人共が折れ重なって、打ちよせられている。
▲UP

■通有が蒙古軍の上陸阻止を訴える

<本文から>
 「遅参いたしました」
 低かったが、ひびきの強い声であった。
 さらに、二人に扶けられて、席にうつった。通有ほどの勇士の、この衰弱を見て、人々はいたましかった。いたわりの目で見ていた。通有は微笑し、会釈した。
 「おつづけ下さい」
 宗景は、会議の経過を説明した。その半ばから、通有の形相がかわった。蒼白な顔に血が潮し、目が異様にかがやいて来た。黙って聞いていたが、話がおわると、すぐ発言した。
 「このような場合、そのようなことを発言するのは、よほどに勇気のいることであります。どなたの御発言か存ぜんが、感服いたします。しかしながら、その趣旨は、拙者、絶対に承服いたしかねます」
 おだやかで、しつとりした調子であったが、ここまで言うと、通有はしばらく休んだ。一息には、呼吸がはずんで言えないのであった。
 「なるはど、その御意見には、一応の筋道が立っています。しかし、根本において、最も重大なことが忘れられています。
 その一つ、蒙古軍の長技が陸戦にあるという点。過ぐる文永十一年に、我が国はそれをまざまざと経験したはず。もし、あの時、あの風が吹かなかったら、恐るべき結果となっていたはず。それ故にこそ、その後の八年、我々は、身の養いを削って巨額な費用を投じ、人力をつくして、防塁を築き、敵を一歩も陸に上げじと、つとめて来たのであります。
 その二つ、戦争は将棋遊びではないということ。将棋の駒には働きはあっても、心はござらんが、戦争は五情をそなえた人がやるのです。太宰府が敵の手に帰した暁、全国の人心がどう揺れ動くか。恐らくは、気死し、魂落ち、恐れ、おびえ、敵概の気などなくなることはが必定でござろう。かくては、誰を使い、誰をして戦わせることが出来ましょう。
 謀るつもりが、かえってのしをつけて敵に献上する結果となるとは、方々は思し召さぬか」
 通有は、いくどか言葉を切り、呼吸をととのえては言いついだ。はっきりした声ではあったが、低かった。呼吸をととのえるたびに、肩をあえがせた。元来がたくましい骨格だけに、一層痩せの目立つ肩であった。痛ましいというより、凄愴であった。
 「拙者をして言わしむれば、今日のこの軍議が、すでに不覚悟第一のものであります。計画は、最初から不動のものがきまっていたはず。今更に軍議など開いて、人々の心を動揺させるなど、なんたる不覚悟!
 拙者がもし大将軍の地位にあるならば、さる不覚人は、人心を動揺させるの罪にあてて、斬首して陣門にさらします。−いや、これは過言。ゆるさせられい。
 ともあれ、事はどうきまろうと、河野の軍勢においては、一歩もここを去りません。一族郎党二百数十人、ここを守って一人のこらず討死してごらんに入れる」
▲UP

■再び蒙古軍が暴風のために破壊沈没

<本文から>
「鷹島沖に整列蹴僻して、出動の磯を待っていた敵船のほとんど全部が、昨夜の暴風のために破壊沈没して、死者無数、その死者と破損した船材によって、附近の海上は一面に覆われ、歩いて行けるほどである。ごく少数の者が、破損を免れた船によって、本国さして逃げかえったが、なお多数の残兵があって、鷹島や、附近の島々にのがれ、破損船を修理して逃走をはかりつつある」
 布告は、電光のように全軍に行きわたった。人々は競い立った。
 「それ行け!」
 手に手に、昨夜のあらしを避けて、岸高く引き上げておいた船を押し出し、飛びのっては、エッシュッシと、漕ぎ出した。
 河野家の軍勢も、くり出した。通久、小一郎、為則、イスマイル、赤菊、等々々。
 それを見送って、通有が浜べに出ている時、安達宗景が、数騎の武者に護られてやって来たが、馬を下りるや、通有の手をつかんだ。強くにぎりしめながら、何か言おうとして、唇をふるわせたまま、ほろほろと涙をこぼした。
 通有も、胸がせまった。
 「……勝ちました。今度も」
 「……ああ、今度も……」
 「しかし、これではすみませんぞ。また来ますぞ」
 「ああ来るであろうなア。しかし、大丈夫だ。また勝つ」
 「………」
「人は神風という。しかし、これは、人が、特におことのような人が、神風にしたのだ。風の吹くまで、二か月もの間の敵を陸に上げず、海の上をうろつきまわらせていたればこそ、神風になったのだ。日本人の努力が、とりわけ、おことのような人の努力が」
 宗景は、通有の手をおしいただいて立去った。
▲UP

メニューへ


トップページへ