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<本文から> 客将として迎える気はなかった。客将がどれほど頼りないものか、乱世のほとんどを客将として生きてきた劉備には、よくわかっていた。迎えるなら、麾下下である。
そう決めて、孔明に会いに行かせようとしたら、張飛が簡雍を推挙してきた。これも、めずらしいことだった。
「簡雍殿は、まだお戻りになりませんな」
細かい報告が終ると、孔明が言った。
やはり馬超の気になって、劉備の居室を訪ったものらしい。
「馬超とは、どういう男なのだろうと、このところしばしば考えていた。曹操に、決して屈しなかった。それだけでも、とんでもない男だという気がする」
「英傑でありましょう。しかし、こういう乱世では、生きにくいのかもしれません。戦では互角に闘っても、謀略で、着物を一枚ずつ鮒がされた、という感じがあります。それで曹操に負けたのです」
「それでも、生き延びている」
「涼州の民は、馬超を嫌っていないということです。ああいう男には、謀略に長けた男が必要だったのだと思います」
「絶望の剣。悲しみの剣。張飛はそう言っていた。いまのままでは、なんの役にも立たぬ剣であるとも。一族のすべてを曹操に殺され、それでも涼州、雍州の盟主として闘い続けなければならなかった。それが、馬超という男を変えたのであろうか?」
「一族を殺された痛みがどんなものか、私にはよくわかりません。誰も馬超の心を動かせぬほど、冷えきっている、と張飛殿は感じられたのでしょう。しかし、簡雍殿がいた、ということです」
「張飛が、簡雍を推挙か」
「私には、張飛巽徳というお方が、ようやくわかってきたという気がいたします。想像した以上に、深いものをお持ちです」
「私が趙雲をかわいがると、拗ねて泣きじゃくったりしていたものだ。まだあんな髭が生えてもいないころの話だが」
「馬超は、殿の魔下に加わる、と私は見ています。張飛殿が、簡雍殿を使者に推挙した時に、それは決まったのだという気がします。簡雍殿は、酒の瓶を二つ持っていかれたそうですね」
張飛が感じたことと、簡雍が感じたことは、また違うのだろう、と劉備は思っていた。簡雍は、戦には出ない。しかし、心と心の戦については、幕僚の中の誰より通じている。それは、謀略というはど作為的なものでなく、人情と呼ぶほど甘いものでもない。
「人は、集まってきたな」 |
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