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<本文から> 「確かであるか」と、半平太は念を押した。
「もちろん、入念にさぐりました故、間違いはござりませぬ」
「よろしい」と、半平太は、さっそく、第三組に選ばれた刺客を呼びよせた。
手配をすまして、彼は、三人に向かっていった。
「このたびの一挙は、まことにやむを得ざることである、吾々は、佐幕派を排するのが主眼であるが故、必ずしも元吉殿は殺す必要はない、ただ重傷を負わしただけでも事は足りる、諸君の進退は、機宜の処置におまかせする」
「心得てござります」
三人は、半平太に別れて、八日の夜の更けるのを待った。叔父の信吾が、私の宿に来て、何くれと後事を託したのは、その時である。
私が、本町の佐川屋敷で、雨の音をききながら鋸転反側している時刻に、当の吉田元吉は、御殿から戻ってきた。ほろ酔い機嫌であったろう、若党に、提灯をもたせ、傘をさして、帯屋町の邸へ近づくのである。
と、暗の中から吐き出された巨大な黒影。ひたひたと、吉田の背後に迫るよと見れば、虚空三尺の雷、ぴかと閃く。
「元吉殿、国のために参る」
一喝して、唯一打ちと、首のあたりを見こんで打ち下す。
「なにやつ」
傘の上から斬ったので、浅手であった。
吉田は、ふりかえりざま、傘をすてた瞬間、もう手には、刀がぬかれていた。
斬り込んだのは、叔父であった。
「やッ」
してやったりと、叔父は、後ずさって、二三合、斬り合わせたが、もとより、叔父は血気壮鋭の壮士である。
外方より追々に手を下しながら、隙を見て、えいと切声するどく、打ち込んだため、吉田は、ばっさりと斬り伏せられた。
叔父は、ただちに吉田の身辺に近よって、首を掻き切り、傍の小溝で、首と血刀とをあらった。そして、首は、用意の下帯に包んで、これを提げながら、現場から南奉公人町通りを西へ走った。
雨でぐしょぬれになっている。
「怪しげな奴!」
通りすがりに、そこからも、ここからも、犬がわんわんと吠え、近よってくる。
「しッ! しツー」
いくら追っても、追いかけてくる。果ては、接げている吉田の首へ喰いつきそうになるので、さすがの叔父も、閉口した。
やっとの思いで、四半橋の観音堂へかけつけると、そこに、同志が待ちうけていた。
「首尾はどうであったか」
暗闇の中で、不安そうに訊ねた。
「上々書、かくの通り」
叔父は、吉田の首を彼等の手にわたしたのである。
「いよう、大出来、大出来」
一同、手の舞い、足のふむところを知らずという有様。大変な喜びである。
叔父は、ここで、ゆるりと、旅の仕度をすませ、荷物や手槍をうけとって、同志に暇ごいをした。
「吉田殿をなきものにすれば、土佐の正気は勃然として起こる、諸君、自重して、君国のために、おつくし下さい、拙者は、これより上方へ参る、しばらくのお別れだ、さらばでござる」
本望をとげたので、思いのこすことは何もない。大石、安岡の二人と共に、夜をこめて伊野に出た。
ここには渡しがある。時ならぬ場合に、渡守りをよび起こすのは、嫌疑のかかるもと。そこで、釈迦参りの帰りがけといつわって、苦もなく向こう岸にわたった。長浜雪渓寺の潅仏会をさしてこういったものと見える。
加茂についた時、夜があけた。衣類をあらためると、まだ返り血がこびりついていた。それをすっかり拭きとって、脱走をした。
どうして、元吉暗殺の事情が、かくまで明らかであるかといえば、それは、叔父が程へて、私の父にあてて報告した書面が、今、私の手元にのこっている。それによって、巨細のことが分かるのである。夜があけると、私は、もうじっとしていられなくなった。
「どういうことになったかしら」
胸がどきどき波打つ。とに角、出かけて見ようと、幸い雨もあがったので、一散に、帯屋町へかけた。
と、帯屋町吉田邸の前に、血がだらだらと流れている。
「しめた」
私は、思わず、こおどりした。尚よく見ると、血は、邸の門前まで、糸を引いたようにつづいている。
「これなら、大丈夫だ、首尾よくやったに違いない」
ほつと胸をなでおろした。 |
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