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<本文から> (石川家をまもり、今後とも存続させていくには、自分が秀吉の臣下になることがもっとも有効な策ではないか。それによって徳川家を守りたてていける)
余の者はともかく、主君家康だけはかならず自分の真意をわかってくれるだろう。そうする以外に徳川家と石川家をまもっていく道はないと確信するにいたったのだ。こころを徳川に残しながら、身は秀吉に臣従するといったきわめて至難な手段をとることを決断したのだ。
けれどもそんな心中のカラクリを見抜かれれば、秀吉が数正の臣従をゆるすはずがない。あくまでも時世に暗い徳川家中に愛想をつかし、出奔を決断したという筋道をとらなければならなかった。とりわけ勘のすぐれた秀吉だけに見抜かれる可能性はきわめて高い。それをふせぐには徹底した秀吉への忠誠しかない。そのため、今は家康にすら真実を明かさずにおかねばならない。数正にとってはきわめて至難な賭けであった。しかし家中でこのような放れ技のできそうな者がいないかぎり、数正がみずから裏切者の汚名を着て、この賭けに挑む以外はなかった。汚名は終世、あるいは後世まで晴れぬにしても、今徳川が秀吉とたたかえば、家中の意気込みとは裏腹に手痛い敗北を喫するのはあきらかであった。 |
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