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<本文から> この岩間大蔵左衛門は、父の信虎のころから仕えていた武士だ。が、臆病で絶対に戦場には行かない。
「わたくしは合戦が嫌いです」
といって、供をしない。あきれた仲間が、岩間を無理やり馬の背にくくりつけようとすると、必死になってあばれる。
「死ぬのは嫌だ! 嫌だ、許してくれ!」
と大仰にわめき声をあげる。父の信虎は怒って、
「こんな臆病者は殺してしまえ」
といったことがある。そのとき、
「いや、臆病者には臆病者の使い方がございましょう」
と、岩間の身柄を引き受けたのが晴信だ。信虎は晴信が嫌いだったから、
「きさまは余計なことをする」
とムチを振り上げた。晴信は甘んじて岩間のかわりに父の打を受けるつもりでいた。父もあまり大人気ないと思ったのか、ふんと横を向くと、
「勝手にしろ」
と岩間の始末を晴信に任せた。
以後、晴信は岩間に似つかわしい仕事を与えた。晴信はのちに、
「われ人を用うるにあらず、人の能を用うるなり」
といっている。どつちとも取れることばだ。
「オレは人間を使うのではない。人間の能力を使うのだ」
という裏には、
「第一印象で、その人間を決めつけるな」
ということがある。だから岩間大蔵左衛門のような臆病者にも、
(かならずどこかに長所があるはずだ)
と思っていた。晴信がその後、岩間にいいつけたのは、
(留守居)
である。父の信虎に率いられた武田軍が躑躅ケ崎の館から出陣したあと、
「館の管理をきちんとおこなえ。また使用人をよく監督しろ」
ということであった。 |
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