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<本文から> 企画者が陥りやすいワナの最大のものが、「自己陶酔」だ。つまり、考えた案のすばらしさに自ら酔ってしまって、「早くこのことを他に知らせたい」というあせりが出る。このあせりが、企画書を書くときに誤りを生じさせる。つまり、急ぎすぎる文章を書いてしまうのである。同時にそれは、自分だけわかっているという欠陥を生む。
小早川隆景は、毛利元就の息子だが、豊臣秀吉が最も信頼した武将である。秀吉の参謀は黒田如水が務めていた。ところが、如水は日本一鋭い頭脳の持ち主だといわれていたにも関わらず、秀吉には警戒されていた。カンのいい如水は始終そのことを気にしていた。あるとき、小早川隆景のところに来ていった。
「自分でいうのもおかしいが、わたしはまあ頭がいい方だと思っている。ところが、どうも上様(秀吉のこと)にはお気に召さないらしい。ときおり叱られます。自分でもどうしていいかわからないので、あなたのお知恵を拝借したい」
これをきいて隆景はほほえんだ。こう応じた。
「それは、黒田殿の判断と決断が早すぎるからです。わたしは、凡人なので、ひとつひとつ小さな石を積みあげるようにして、案を練ります。おそらくその差でしょう。あなたは、決断力がすぐれているために、すぐズバリと物事をお決めになる。ところが、わたしはグズだから、かなり時間をかけてひとつの結論に到達する。その差ではないでしょうか」
「なるほど」
如水はうなずいた。そのとき、隆景はたまたま自分の案を口述して、部下に筆記させていた。
ところが部下は、黒田如水という日本一頭の鋭い人物の前で、筆記させられているので、あがってしまっていた。そのために、しばしば書き違えた。勢い、狼狽する。当時、トップの口述を筆記させられるということはたいへん名誉な仕事だった。そのため街気もあって、書き手はいよいよ舞いあがってしまう。この様子を見ていた隆景はニッコリ笑った。そして書き手にいった。
「おい、急いでいるときはゆっくり書け」
部下は思わず隆景の顔を見返した。そして、はずかしそうにうなずいた。
「わかりました」
隆景は、こういうことをいった。
「おれがいま何を話しているかを理解してから書け。わからないことは、聞き返した方がいい。わからないままにして書いてしまうと、結局はおれの案全体の意味をとらえることができない。いいか?」
部下はうなずいて、筆を置いた。そして、しずかに隆景のいうことを聞き始めた。胸の中で反奏する。そして、わからなくなると、「今おっしやつたことは、どういう意味でございましようか?」と質問した。それに対して、隆景は親切ていねいに答えた。表表を、かみくだくようにして書き手に伝えた。書き手は、隆景が口述している間は筆をとらなかった。口述が終わると、ニッコリ笑って、「お話はよくわかりました。書かせていただきます」といって筆をとった。やがて書きあげた文章を読んで、隆景は満足した。
「よく書けた。おれのいうことを完全にお前は理解している。見事である」とほめた。この一部始終を黒田如水はじっと見守っていた。途中から彼は猛烈に反省した。
(おれははずかしい。頭の艮さを誇って急ぎすぎた。そして、自分の判断力や決断力を信じすぎた。これからは、もっと自分を疑ってかかろう。そうすれば、秀吉公にも満足していただけるだろう)その通りになった。以後、如水は二度と秀吉に疑われることはなかった。 |
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