|
<本文から>
吉田兼好の『徒然草』のなかの一文を意訳したものだ。兼好は鎌倉時代の文人だが、信念を曲げない硬骨漢でもあった。『徒然草』は代表的な随筆集だが、単にもののあはれ≠ノ浸る文集ではない。当時の世相を十二分に反映し、人間いかに生くべきか≠追求する苦悩の書である。
彼がこれを書いたのは、建武の新政の大混乱期のころだ。考えなければいけないこと、判断しなけれぼいけないこと、実行しなければいけないことが山積していた。兼好はいろいろ思い悩んだあげく、「あれもこれもと一度に解決することはできない。一つずつ着実に成し遂げていくことだ」と悟った。原文は、「一事を必ずなさんと思はぼ、他の事の破るるをもいたむべからず。人の嘲りをも恥づべからず。万事にかへずしては、一の大事、成るべからず」(一八八段)である。
・プライオリティーをつけた場合、はかのことが失敗すると分かっても恐れるな
・他人に何と言われようと気にするな
――というのがこの一文の骨子だろう。勝海舟の「おこないほおれのもの。批判は他人のもの。知ったこっちゃ(ことじや)ねえ」(意訳)という言葉にも通じる。
兼好は同じ『徒然草』のなかで、「弓を射るのに矢を二つ持つな。もう一つをアテにして心がゆるむからだ」(九二段)とも記している。
時代は変わっても人間通の警句は色あせない。 |
|