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<本文から>
ところがある日、テレビを観ているとこんなことが起こった。紹介されたのは、被災地のある避難場所である。津波にさらわれなかった小学校の体育館の光景だった。なぜか雰囲気が異常に明るい。そこヘテレビカメラとマイクが入って、
「なぜ、こんなに明るいのですか?」
とキャスターが訊いた。訊かれた避難者は体育館の隅に目を向け、
「われわれが明るいのは、あの子のせいですよ」
と言って、隅を走り回っている一人の中学生を指差した。そこでカメラとマイクが中学生に向かった。
「なぜ、君はそんなに明るいの〜」
と訊くと、少年はこう答えた。
「三月十一日まで、ぼくはこの地域で有名な悪ガキだった。でも、あの日以後自分の親や先生を見ていると、こんなにも人を喜ばせるために活躍しているのか、と感じるほどの姿を見せられた。そこでぼくも悪ガキでいられなくなって、たとえつまらないことでも人が喜ぶことなら一所懸命やろう、と考えていま連絡係をやっているんですよ。雑用ですけどこんな楽しいことはない」
と応じた。観ていたわたしは思わず、
「これだ!」
と感じた。これだというのは、二宮金次郎のモットーである、
「積小為大」
という言葉を思い出したからである。積小為大というのは、
「小さなことを積んで大きなことを成し遂げる」
という思想だ。言葉を変えれば、
「自分の身近なところで、できることをやり続ける」
ということである。避難場所を明るくしている少年の行動はまさにそれである。つまり、
「いまいる場所で自分のできることを続けていく」
ということだ。わたしの胸に大きく開いていた穴が、この少年の行動でかなりの部分埋まった。わたしは気づいた。
「そうだ。東京にいて被災地のことを思い、人間の無力さを悪戯に嘆き、あるいは何もできない自分の無力感を感じるだけが能ではない。いまいる場所で、いま与えられた仕事を懸命にやり遂げることが、被災地の復興へのエールにつながるのだ」
と思い立ったのである。以後のわたしは、約半年にわたる腑抜け人間からかなり元へ戻った。 |
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