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<本文から> たまは夫の悩みをそのまま自分の悩みとするから、自分自身もつらくて仕方がない。しかし、たまにすれば、いつまでも自分を責めつづける秋成に、ぜひ弱った心を奮い立てて立ちなおってもらいたい。そんな気持ちが伝わったのか、ある日、秋成がたまを呼んだ。
「ちょっと話がある。医者をやめようと思う。医は意だ、と言ってきたわたしが、医者にあるまじきことをして娘さんを死なせてしまった。どうにも責任の取りようがない。いっそのこと、お坊さんにでもなって、あの娘さんにお詫びをしたい」
「では、そうしましょう」と微笑みながらうなずくたまを、秋成は驚いて見返した。
「なんだって? おまえさんはわたしの気持ちをそんな簡単なものと思っているのかい?」
「決してそんなことはありません。あなたがお坊さんになって、難波屋のお嬢さんの菩提を弔いたいとおっしゃるなら、わたしもいっしょに髪をおろします」
たまの日の底には、「あなたの行くところには、いつでも、どこでもついていきます」という決意が秘められていた。
「たまさん、おまえさんは、そこまでわたしのことを・・・」
「あなたとはいったい何年いっしょに暮らしてきました? わたしがお店の家事手伝いをしていた頃からの伸ですよ」
「知らなかったな、おまえさんのそういう気持ちを。若い頃のわたしは、養子のくせに道楽をつづけていて、おまえさんなど眼中になかった。おまえさんのほうも、わたしのことをしょうのない道楽息子だと思っていたに違いない。しかし、こうして夫婦になったのも何かの縁だ。縁というよりも、ホトケさまのおぼしめしかもしれない。おまえさんの存在がわたしにとっていかに大切かを、今夜はあらためて知ったよ」
そう言って、秋成は一瞬、幸福感に浸っていたが、まもなくきびしい表情になった。
「しかし、そんな勝手なことができるかな。暮らしの費用が得られなくなる」
「両方を立てようとしても無理ですよ。自分のしたいことをすれば、一方では何かを失うのです。仕方ないでしょう」 |
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