童門冬二著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          七人の龍馬

■連合に商売を結びつける龍馬の手法

<本文から>
「この償いは只では済まん。まあ、薩摩名義で蒸気船と銃をシコタマ買って長州に渡すのだな」
 笑いの中に、坂本はいつのまにかそういう話を挿入した。
「蒸気船と銃を? 扱うのは亀山社中か?」
「そうだ。武器の売買に俺の社中を使わぬという手はない」
「社中もいいが、扱料が高いのでな。今度はどの位ピンハネする気だ?」
「まず二割」
「ひどいぞ! それは」
「長州は金を持っている。長崎にいるエゲレスの武器商グラバーも貸すと言っている」
「坂本君、君は侍か商人かわからんな」
「俺にもわからん。しかし、社中の綻に、社中は投機、利殖を目的とすべしとある。守らにゃいかん」
「都合のよい捉だ」
 洪笑が渦を巻く。
 慎太郎は、
(これは一体何なのだ……)
 と思う。
 自分の考えて来た薩長連合が、ここでは、ズタズタに裂かれ、垢だらけにされている。
 後に海援隊に発展する坂本の結社亀山社中は、密貿易の運輸会社だ。それだけにピンハネもひどい。
(所詮、才谷屋の粋?)
 利にさとい商人の息子なのか。連合に商売を結びつけるというのはどういう神経なのか。志士共通の目的である王政復古の理想などカケラもないではないか−。
(思ったとおりだ)
 連合の伸介を坂本の手にゆだねてから、事態は慎太郎の怖れたとおりに進んでいる。慎太郎は無念だった。而も、冗談話の中で、肝心なことは次第に進捗してしまう事実が何としてもうなずけなかった。言いようのない違和感がいよいよつのった。
(日本は、こういう手合が統治するようになるのだろうか)
 漠然と、そんな不安が湧いて来た。
(桂さんが開いたら怒るだろうな)
 生真面目な桂の面影が脳裡に浮かんだ。
「坂本君、わが薩摩は近く大軍を京都に招く。兵程の心配をせにゃならんが、米は一つ、長州から買うか?」
「なに……本当か?」
 西郷の言葉に、坂本は細めていた目をグイとひらいた。
 そして、すぐ、
「それはいいぞ! 大変にいい! その取扱いも俺が引受けよう!」
 と大声で応じた。
「それも二割かね?」
 大久保が訊く。
「もちろん」
「君は、連合で儲けるなあ!」
 大久保は呆れ声を立てる。
「何を言うか。新生日本の陣痛手当手数料だ」
 坂本はウソブく。そして、
「なあ、中岡」
 と慎太郎の方をふりむいた。しかし、なあ、と言われても慎太郎には答えようがない。
(長州は、薩摩に武器の密輸を頼み、米を買わせる)
 これが薩長連合なのか−こういう実利でしか、連合はできないのか。
 慎太郎にはわからなかった。ただ一つ、
(この上は、討幕に両藩を向けさせる以外ない)
 心の中でそう決した。

■西郷と桂を怒鳴りつけて成立させた薩長連合

<本文から>
 長州再征の勅許は九月に下っている。今度は将軍自ら陣頭に立つと言って、江戸から京に上りつつある。長州はまさに滅亡寸前なのだ。
「黙っていても、長州は手を突いて頼むだろう」
 頼むと頼まれるとでは、その後の主導権のとり方が随分とちがう。こうなると、腹のさぐりあいであった。
 慎太郎は敢えて口を入れなかった。完全に長州人的ものの考え方をする慎太郎には、桂の態度がもっともだと思えた。
(こっちから頼むことはない)
 駄目なら一藩割拠、堂々と、幕軍と戦うまでだ。ついに、桂が業を煮やした。
 「明日、長州へ戻ります」
 と西郷へ申し出たのが一月十九日だった。これを開いた西郷は、
 「そうですか。天気がいいとよろしいですな」
 と、話にならない返事をする。連合は決裂寸前の状態になった。慎太郎も荷物をまとめ出した。
 そこへ突然、坂本が入洛して来た。長崎で長州のために武器を買い、薩摩のために長州の米を買うという用件を済まし、もうとっくに連合しているだろうと、″よさこい節″を唄いながら道を上って来たら、この始末である。
 「下らない面子もいい加減にしろ⊥
 と、持ち前のハッタリをきかし、真赤になって西郷と桂を怒鳴りつけた。二人共、言い返せなかった。たった一日のタッチの差で、急転直下、西郷と桂は手を握った。薩長連合の成立である。時に慶応二年一月二十日。
 両藩の攻守盟約とも言うべき六力条の盟約がきまると、桂は坂本を別室に呼んで、
 「君が裏書きしてくれ」
 と言った。
 「俺のような浪人が裏書きしても効果はないぞ」
 坂本はヒルんだが、桂は、
 「頼む」
と真撃な表情をした。その顔を見て、慎太郎は坂本に羨望に近い気持を持った。
それほど桂に信頼されている坂本が羨しかったのである。

童門冬二著書メニューへ


トップページへ