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<本文から> 彼はあらゆることに手を出して、それを剣の道に収斂するのではなく、剣の道から発するあらゆる道を、外に向かってあらゆる世界に展開していく。この発想は大事だ。そして、その集約されたものとして、彼は
「政治の道とその方法」
を挙げる。
政治の道というと、いわゆる政治プロパーの考え方をとりがちだが、ここでいう武蔵の治国のことというのは、そういう限定された政治のことを指しているのではあるまい。広く国を治めるというのは、すなわち人間を治めことであり、それは国の人びとの心をよく知り、それに見合った政事をおこなうという意味だ。
武蔵は優れた心理学者である。彼が、六十数度の試合をして一度も負けなかったのは、剣技に長じていたこともあるが、それ以上に人間観察者として、相手の心を見抜く洞察力に優れていたからである。
彼の戦法の多くは心理作戦だ。相手を怒らせ、ときに怯ませ、剣よりも心の動揺を起こさせ、起こった途端、打ち込むというのが武蔵の剣法であった。 |
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