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<本文から> 「水戸様の天下の副将軍としての名声がご」当代様(綱吉のこと)の勢威を越えている」
とか、
「水戸様はご当代さまがお出しになった″生類憐れみの令″に、ことごとく反するような行りをする」
などといわれていた。が、そんな程度の噂は別に気にかけるほどのことはない。光圀がもっとも気にしているのは、
「水戸様がいまご編修中の『大日本史』という歴史の本では、徳川将軍家よりも京都の天皇を尊ぶべきだと書いているそうだ。水戸様には、幕府に対する謀反心がおありになるのではないか」
という噂が立っていることだ。そしてこの『大日本史』編修のために、光圀が彰考館に勤める史臣たちを、しきりに日本全国に派遣しているのは、
「各地の尊皇家を煽動して、謀反の兵をあげさせるためではないのか?」
とまで勘繰る連中が増えはじめていた。
将軍徳川綱吉は学問好きである。側用人の柳沢吉保も学問が深い。それだけに、光圀が大日本史を編修していることにはかなり前から注目していた。 |
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