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<本文から> いいから門を開けろ。おまえたちの気持ちはわかる。おれは本多作左衛門だ。開けろ」
と根気強く告げた。なかで動揺が起こった。なんといっても本多作左衛門は、主人の天野康景がもっとも信頼していた同僚だ。
「話というのはなんですか?」
丁寧な応答が返ってきた。
「家康公のお考えを告げにきた」
「家康さまはわれわれ主人の仇です。きく耳持ちません」
「そんなことをいうな。家康さまも後悔しておられる。おまえたちすべての生命を助け、希望するものは城で召し抱えてもよいとおっしゃっている。おれが保証する。門を開けろ」
「うまいことをいって、下手人を出させるつもりなのでしょう?」
なかから疑い深い声が跳ね返ってくる。作左衛門は、
「ちがう。家康さまはもうお諦めになった。下手人をさし出すことは必要ない。門を開けろ」
かれにはめずらしく根気強くいった。やがて門が開けられた。武装して、目を吊り上げた康景の家来がいっせいに作左衛門をみた。全部が好意を示しているわけではない。露骨な敵意を示すものもいた。
が、合戦場をいくつも渡り歩いてきた作左衛門には、そんなものはなんでもない。光る目でみんなを見渡しながらいった。
「武器を捨てろ。家康さまは、冶まえたちを全部召し抱えるつもりだ」
「ご主人はどうなるのですか?」
なかから声がとんできた。作左衛門は、
「天野殿は、ご自身のお考えによってこの岡崎を去った。ご本人の意志を重んずるべきだろう。だからといっておまえたちが天野殿に殉ずることはない。天野殿はもともとは、おまえたちの誰かが家康さまのご家来を斬り殺した罪を背負って、遠くへいかれたのだ。そっとしておくほうがいい」
そう告げた。
本多正信がきたら、こうはいかなかっただろう。みんなはしだいに頭を冷やし、鎮静した。
作左衛門が帰るころには、
「家康さまに、よろしくお執りなしをお願いいたします。正直にいえばわたしはまだ、お城に勤めたいと思います」
と申し出る者が大部分だった。なかには、
「こんどのことで、もうつくづく勤めがいやになりました。生家へ戻って、農業の手伝いをします」
という者もいた。作左衛門はうなずいた。
「無理強いはしない。それぞれ好きにするがいい。ただし、何度も繰り返すがおまえたちの罪は問われない。全部忘れろ」
そういった。
城に戻った作左衛門は、このことを家康に報告した。家康は、
「そうか」
とうなずいた。そして、
「康景のゆくえは知れないか?」
ときいた。これをきくと作左衛門は突然キッとなって家康を呪みつけた。そしてこういった。
「あなたは人を失い、わたしは友を失いました」
「……」
作左衛門の顔をみかえし、作左衛門のことばを頭のなかで反窮していた家康は、やがてうなだれた。そして、一
「そのとおりだ」
と重くつぶやいた。作左衛門がいったのは、
「あれだけ人を用いるのにいろいろ心遣いをするあなたが、なぜ天野康景のような忠臣を逐電させたのですか? あなたにとってもっとも忠義な武士が去り、お陰でわたしは一番大事な友人を失ってしまいました」
ということである。 |
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