|
<本文から> 多くのの武将たちは、
「戦国武将の悩みに、他力本願は適用しない」
と思った。そうなると、
「自分で自分を救う」
という自力本願の道に目が向く。こういう武将たちが一斉に、
「自分の心の拠り所」
として懸命になって取り入れたのが「禅」であった。禅の一つの特性は、
「あの世の存在よりも、この世における自己努力を重視する」
ということだ。つまり、
「自分で自分を救う」
ということである。そのためには、厳しい心身の錬磨を必要とする。これが武将群の気に入った。自分で自分を錬磨するということは、
「自分の肉体を鍛える」
ということであって、これを極限まで行えば、表のマゾヒズムに到達する。しかし、武将群は、あえてそれを行った。極限まで自分を鍛えることによって、武将たちは逆に、
「危機の克服と新しい状況の突破口」
を得たからである。
戦国時代は、
「旧価値の破壊時代」
だといわれる。そういう一面も確かにある。しかし、当時の武将群は単に室町時代までの、いわゆる日本的秩序を破壊しただけではない。
「新しい秩序と価値社会の建設」
を求めていた。つまり、破壊のあとの建設を期待していた。破壊行為の中にも、未来への希望と期待をはっきり望んでいた。したがって、現在の状況が挫折・失敗・絶望・落ち込み・落胆などの、いわば、
「マイナスの精神状況」
のもとに置かれながらも、その下から必死に這い上がろうとする活力を持っていた。そして、そうさせる心の支えになつたのが、「禅」であった。 |
|