童門冬二著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          幕末維新の光と影 東北諸藩の運命に殉じた男たち

■東北の危機克服を妨げた先入観

<本文から>
個人であれ組織であれ、訪れた危機を克服したり管理するためには、
・情報を集める。
・集めた情報を分析する。
・分析した情報の中に潜んでいる問題点を取り出す。
・問題点について考え、解決のための選択肢を設定する。
・選択肢の中からひとつを選び出す。
・それを実行する。
つぎのような資質が必要だ。
・判定(評価)する。
・結果があまりよくない場合には、選択肢を改める(修正)。
である。
幕末から明治維新にかけて東北諸藩は、このプロセスを必死になってたどった。しかし何といっても一番大事なのは、
「クールな情報の分析・判断」
 である。これを誤ると、その後の選択肢の設定も行動も俗にいう、
「最初のポタンのかけ違え」
 になってしまう。そしてこの情報の冷静な判断を妨げるのは、
「固定観念や先入観」
だ。この本に書いた南部藩の家老楯山佐渡、天童藩の家老士口四大八、仙台藩のゲリラ隊”カラス組”隊長細谷十太夫たちは、いずれも結果からいえは、
「先入観や固定観念があったために、情報の冷静な分析を誤った」
といっていい。

■公の論理が理解されにくく私の論理で解釈しようとする

<本文から>
 「とにかく根気づよく、こらえ性を持って、どんな状況になっても絶望せずに局面打開の方途をさがそうとした吉田であったが、そういう柔軟思考は周囲のとるところとはならなかった。
「右するか、左するか」
 わかりやすい行動を示さないかぎり、日本人特有の、
「あいつは何をいっているんだかわからない、斬れ」
 という短絡思考に走るのである。
 そういう吉田大八の孤独な苦悩をえがき出してみたいと思う。とくに書きたいのは、
「公の論理」
 というものがいかに周朗に理解されにくいものであるか、ということである。
 論理そのものが理解されないのではなく、受け手の側がいかに、
「私の論理」
 でその公の論理を解釈しょうと待ちかまえているかということだ。
 個人的欲望、おもわくなどで″公の論理″はしばしばゆがめられ、誤伝される。それが人間なのだと言ってしまえはそれまでだが、公の論理が公の論理として討論される″純粋次元″がいかに社会にはすくなく、また人間の習性としてそういう次元をきらい、清潔なものは何でもよごしてしまわなけれは気のすまない人間社会の力学みたいなものを、天童藩の孤独者吉田大八の悲劇のなかに重ねてみたい。

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