童門冬二著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          幕末維新・陰の参謀

■結論を際立たせるような歴史的事実を過去の中から探し出す

<本文から>
「こういう状況下に置かれたとき、織田信長はどうしただとろうか、坂本龍馬はどうしただろうか」
というような考え方をするのだ。そしてその場合にも、織田信長がやったことや坂本龍馬がやったことはある程度知っているから
「彼ならこうしただろう」
と考える。それを作品化するときは、したがって現在の状況によく似た例を引きながら、
「織田信長はこうした、坂本龍馬はこうした」
と結論づける。ということは、すでにその問題に対しての結論が初めから用意されていて、その結論を際立たせるような歴史的事実を、過去の中から探し出すということだ。
 普通、歴史物を書くときは、あらゆる資料をあさって、それを積み重ねて、いろいろ問題点を引き出しながら螺旋状に結論を導きだすようにしてゆく。つまり、
「こういう資料から推測すると、こういう結論が出る」
 ということだ。これは主として学者先生たちが採っている方法である。そのために一級資料とかいろいろ過去の文書や、史跡を発掘されたりして考証の素材となる。
 この二つのやり方の中で、筆者は自分のやり方を「帰納法」と思っている。一つの邪道である。つまり、初めから結論を用意して、それに見合う歴史的事実を探すのだから、他の歴史的事実は捨象されてします。本当はやってはいけないことなのだろう。しかし、歴史そのものをあらためて埃を払って現在という時代に引き出し、
「過去のこの事件は、あるいはこの人の言ったこおとは、こういうことであった」
というやり方をしていない。それよりも、いま起こっている現象と同じような例を歴史の中に発見して、
「いまのような状況から脱出するためには、過去の信長や龍馬はこういううまい方法を考えていた」
と牽強付会に結び付けるのだ。ちょっと、物を書くときの裏話になってしまったが、実はこのことが非常に十大な意味を持っている。

■南部藩・東中務と楢山佐渡の差

<本文から>
 両者の違いは、
東中務・・・情報に対しては白紙で臨む。いろいろ集めた情報の中に潜んでいる問題点を取り出し、それについて考え、組み合わせ、相乗効果を起こさせて自分の結論を導き出す。
楢山佐渡・・・初めから結論を用意している。つまり自分に自信があるので、自分の立てた結論には間違いがなりと信じている。したがって集める情報も、その結論を裏付けるものに限る。結論を否定するような情報、あるいは反するような情報は全部捨ててしまう。
こういう差があったということである。具体的には東中務は、
「世の潮の流れによって、徳川幕府が倒れるならそれもやむ得ない」
と時代の方向を見定めている。ところが楢山佐渡は、
「徳川幕府が倒れるはずはない。また倒してはならない」
と結論づけている。この差が実を言えば、二人が家老になったときの南部藩政の執り方における根本方針の差ではなかっただろうか。

■情報の収集・分析・判断の過程において立場に立った人物の人間性が大きく影響

<本文から>
 この情報の収集・分析・判断の過程において、それぞれの立場に立った人物の、人間性が大きく影響を持つことも事実である。つまり本人の人間性やアングルによって、同じ情報を得ても解釈の仕方が全く違うからである。これが前に書いた「決断力における演繹法と帰納法」というテーマにもつながっていく。どんなにたくさん情報を集めても、集めた本人自身には初めから「結論」が用意されていたら、何にもならない。結局はその結論に都合のいいような情報しか受け止められないからである。
 楢山佐渡に人間性について、京都で佐渡に会った長州藩の木戸孝允(桂小五郎)が、こう語っている。
「楢山は酒が強く相当飲んだ。しかしいくら飲んでも酔わない。どうも酒を殺していたようだ。それだけに話すことは堅苦しく、ついに本音というものが出てこない。損な性格だな・・・」
 京都の花街でさんざん遊んだ経験を持つ木戸孝允からすれば、楢山佐渡は几帳面で融通がきかない人物に見えたのだ。これは何も佐渡に限らず、東北武士の特性である。しかしこの個人の特性が、藩全体の動きに対して大きな影響を与えることがあるとすれば、やはり無視できないの事柄である。

■船中八策 

<本文から>
 一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出づべき事。
一、上下議局を設け、議員を置き、万機を参賛せしめ、万機よろしく公議に決すべき事。
一、有材の公卿・諸候および天下の人材を顧問に備え、官爵を賜ひ、よろしく従来有名無実の官を除くべき事
一、外国の交際に公議をとり、新に至当の規約を立つべき事。
一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を選定すべき事。
一、海軍よろしく拡張すべき事。
一、御親兵を置き帝都を守衛せしむべき事。
一、金銀物価よろしく外国との平均の法を設くべき事。
歴史に多少関心のおありになる方は、すぐお気づきになるだろう。ここには、後に明治天皇が読み上げる「五箇条の誓文」の骨子がほとんご並べられている。
 同時にこの八策の中には、民主主義的な発想や、議会を設けることや、身分を超えて人材を登用することや、外国との不平等条約を改正することや、さらに「新しい憲法をつくる」ということまで入っている。

童門冬二著書メニューへ


トップページへ