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<本文から> 銭屋五兵衛は、今までの北前交易を大きくはみ出して、異国との交易に乗り出した。かれの行動範囲は広く、エゾから樺太、対岸の山丹(山鞋とも書く。樺太(サハリン)北部から黒竜江下流域)、満州、ロシアなどを相手にし、壱岐・対馬から玄界灘を抜け、中国大陸やさらにアジアの国や島、あるいは遠くオーストラリアまで及んだという。見つかったらとうていタダでは済まないが、五兵衛の胸の中には、いつも、本多利明という学者がいった、
「海に国境はない」
ということばがあった。そのことばを唇に乗せてつぶやくだけで、銭屋五兵衛は大きな勇気を得た。
五兵衛は北前交易のために、日本の近海を船で走りまわっていた時から、心の奥で感じていたことがあった。
海は広大である。船の舳先に立っていると目の前に広がる果てしない水面がどこまでもひとつにつながっている。そこに五兵衛はひとすじの道を見ていた。
このまま舳先をまっすぐに向けて走りつづけたら何が現れるだろうか。五兵衛はいつもそんな思いにとらわれるのである。
もちろん、五兵衛はそれまで数え切れないほど海を走りつづけている。頭の中には精密な海図が描かれており、自分が近くまで行ったことのある異国の様子は朧気ながら掴んでいた。
五兵衛が感じているのはそのことではない。
どこまでもつながっている水の広がりの向こうには、五兵衛の頭では想像もつかないような様々な可能性が横たわっているような気がした。
それは交易という海商としての五兵衛の思惑だけではない。それらを遥かにこえた、人間的な興味だった。
だが一方で、日本の実情を見ると、地上に延びる道ですら、数え切れないほどの関所が設けられている。藩や国の境界のみではない。身分差という人間同士の境界すらつくられている。これは人間の本来持っている可能性や自発性を、狭い檻の中に閉じ込めてしまうことにほかならない。
そこには、人間に対する底知れない不信と嫉妬の念によって意識的に仕組まれた、邪な意志すら感じられた。
少なくとも、五兵衛にはそう思えてならなかった。 |
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