童門冬二著書
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          小説山中鹿介

■尼子の残党の真心

<本文から>
 「ふたつの真心が、備中高松に向っていく」
「は?」
 秀吉の言葉の意味が理解できずに、官兵衛はききかえした。秀吉はいった。
「尼子の残党は、誰もみんな真心を持っている。山中鹿介といい、小鹿といい、そしてあの亀井新十郎も同じだ。あいつらは、真心の固りだ」
 「御大将にしては、珍しいことをおっしゃいますな」
 「世渡り上手のおまえには、真心がわかるまい?」
 「とんでもございません。真心がわかるからこそ、わたくしもあの娘を殺さずに御大将の陣まで引いてきたのでごぎいます」
 「それはそうかもしれぬな」
 秀吉はしみじみとした表情で官兵衛をみた。官兵衛は秀書の顔に、いままでにない和やかなものを感じた。
 (大将のこの本音は、そういうところにあるのかもしれない)
と感じた。
 話をきいたところによれば、秀吉の幼少時代は不幸だった。実父に死なれた後、母親は再嬉した。再嬉した義父と秀吉との伸は悪かった。そのために母親に恐廣され、秀書は家を出た。母親は、
 「おまえが家にいると、新しいお父さんとの仰が気まずくて家の中がうまくいかない。出ていっておくれ」
といったのだという。
 ふつうだったら、ひねくれてしまう。しかし秀吉はひねくれなかった。逆に、
「出世したら、一斉に住もう」
と母親に告げたという。秀吉自身が真心の人なのだ。
 黒田官兵衛は秀吉に、
「世渡り上手」
といわれたことに引っかかった。確かにそういう面はある。官兵衛は、
(しかし、おれにも真心はある)
と自信を持っている。
 こもごもの思惑を頭の中にめぐらせながらも、羽柴秀吉と黒田官兵衛は、いつまでも彼方に消えていく亀井新十郎と小鹿の姿を見送っていた。秀吉がいった。
 「久しぶりにいい光景をみた」
 「わたくしも同じでございます」
官兵衛もそういった。

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