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<本文から>
そして一方においては、実務的に、
「経営感覚にすぐれ、ソロバンの術に長じた武士」
がどんどん登用されるようになった。
大久保彦左衛門は、こういう端境期に生きていた高齢者武士である。
現在のビジネスマンでも同じだが、高齢になると生き方がふたつに分かれる。ひとつは、「こうるさい文句をいうのをやめて、ききわけのいいご隠居さんになろう」
と、安穏な座に自分を置こうとする態度である。もうひとつは、
「いままでの自分は少し属する組織に対して遠慮しすぎた。もう余生がいくらもないのだから、この際思い切っていままでいえなかったことをいうようにしよう」
という態度だ。大久保彦左衛門は後者だった。かれは若いころから徳川家康に仕え、しゃかりきに合戦場で手柄を立ててきた。武功一本槍で生き抜いてきた。それが、平和になってからガラリと世間の空気が変わった。そして大久保彦左衛門のような存在は、どんどん窓際に追いやられた。放っておけば窓際から廊下に出され、廊下から庭先に放り出される、
「庭先族」
になりかねない。そこまで冷遇された彦左衛門は考えた。
「おれも高齢だ。今後どうするか」
このとき彦左衛門が考えたのは、
「次々と江戸城の庭先へ追い立てられている武功派のために、もう一度挽回策を講じてやろう」
ということである。
この辺は、現代になぞらえてみれば、
「裁量制給与に対する異議申し立て」
といっていい。 |
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