童門冬二著書
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          小説立花宗茂 下

■小田原征伐、北条早雲の善政が薄らぎ権威主義が頭をもたげていた

<本文から>
「小田原の北条氏は、始祖早雲以来百年になろうとしていた。早雲の善政は有名で、百年の間に領民たちの北条氏を慕う気持ちは頂点に達していた。
 が、現在でも同じだが、組織や企業が、
「自分の企業は優良企業だ、安定企業だ」
 などと思いはじめたら、すでに危機は相当すすんでいるとみなければならない。その考えが、末端にまでおよんで、結局は内部の論理だけで行動するようになるからだ。
 北条早雲が大事にしていた領民に対する配慮がしだいに薄らいでくる。
 同時に、権威主義が頭をもたげ、それは組織内における官僚主義を育てる。
 

■奥州の寒冷地に骨を埋める宗茂の決意に家臣団が呼応する

<本文から>
「この際、おまえたちに話しておきたいことがある。それは、立花一家は、この棚倉の地を永住の地としたい、ということだ」
 軽いどよめきが起こつた。宗茂の発言に虚を突かれたからである。
 宗茂はつづけた。
「知ってのとおり、おれはおまえたちとともに徳川殿に刃向かい、石田三戌に味方をした。しかし結果はわれわれの負け戦となった。にもかかわらず、徳川殿はかつての敵将に村し、昵懇な扱いをしてくれ、おれをお相伴衆に取り立てたのちに、たとえ一万石とはいえ棚倉の地で大名の座に復権させてくれた。そう思うと、おれは徳川殿の恩を忘れるわけにはいかない。これからは、徳川殿にご恩を奉ずる。それには、まず与えられたこの棚倉の地に永住するつもりで根を生やし、民とともにゆたかな国に仕立て上げることが大切だ。さっき種倉をつくろうという話をしたが、当面は年貢を前領主の率にくらべ一割引き下げたい。そのためには、われわれ武士も鍬を取って、未開の地を耕すことが必奨だ。今後の立花家は、よろこびも悲しみも民とともにしたい。わかってくれる?」
 そういった。家臣たちは誰も声を立てなかった。宗茂の話に改めて心を固めていた。
(殿はそこまでお考えだったのか)
 と一同は宗茂のいまの発言を噛みしめた。
「殿、お見事なご決意でございますな」
 脇から十時摂津が感動に満ちたまなざしで大きくうなずいた。由布雪下もうなずいた。九州生まれ、九州育ちの立花宗茂とその家臣団にすれば、奥州の冬のきびしさは予想もつかない。おそらく、皮や肉だけでなく骨まで凍るような寒さがつづくだろう。にもかかわらず主人の立花宗茂は全家臣に、
「立花家中は、この棚倉に骨を址める」
 と宣言した。さらに、
「民とともに生きる」
 といい切った。家臣は全員、
「殿のご決意、相わかりました」
 といっせいに平伏した。宗茂はそんな家臣たちをみながら、うむ、うむとうなずいた。日の底によろこびの色が躍っていた。

■宗茂は骨を埋め民のために生きることを宣言し意識変革させた

<本文から>
現代のことばを使えば、本社から地方の支店長を命ぜられた者が、行った先を左遷地だと思い、「こんなところにいつまでもいたくない。一日も早く本社に戻りたい」
 と考えて、本社の方ばかりに目を向けるということである。そうなると、地元の仕事に身が入らない。何か理由をみつけては、
「ちょっと本社に連絡にいってくる」
などといって、支店を留守にする。支店に勤める人たちは、だいたい土地の人が多い。定年までそこに勤める。
 そうなると腰の落ち着かない支店長をみて、みんな顔をみあわせる。
「今度の支店長もだめだ。ここに腰を据えない。目と心はいつも本社の方を向いている」
 とがっかりしてしまう。
 だいたい新しくきた支店長が、
「おれは左適された」
などといえば、その支店で働いている人たちはいっせいに暗い気持ちになり、同時に新任の支店長に対する信頼心を失ってしまう。支店長が、
「おれは左遷された」
ということは、その支店がそういうみられ方をしているということだ。これでは働く人間はやる気を失う。
 立花宗茂は違った。かれは九州育ちで東北のことはまったく土地勘がない。にもかかわらず、
「ここに骨を埋める」
 といい切り、
「民とともに生きる」
 と宣言したことは、
「棚倉に住む人びとの中に溶け込む」
 という意思の表明だ。だからかれは自分だけでなく、家臣たちにもそれを求めた。いまのことばを使えば、
「一人ひとりが意識変革をおこなう」
 ということだ。宗茂はいった。
「新しい酒を新しい器に盛りたい。この棚倉を新しい器としよう。それにはおれたち自身が新しい酒にならなければだめだ」
といった。

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