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<本文から> 「この際、おまえたちに話しておきたいことがある。それは、立花一家は、この棚倉の地を永住の地としたい、ということだ」
軽いどよめきが起こつた。宗茂の発言に虚を突かれたからである。
宗茂はつづけた。
「知ってのとおり、おれはおまえたちとともに徳川殿に刃向かい、石田三戌に味方をした。しかし結果はわれわれの負け戦となった。にもかかわらず、徳川殿はかつての敵将に村し、昵懇な扱いをしてくれ、おれをお相伴衆に取り立てたのちに、たとえ一万石とはいえ棚倉の地で大名の座に復権させてくれた。そう思うと、おれは徳川殿の恩を忘れるわけにはいかない。これからは、徳川殿にご恩を奉ずる。それには、まず与えられたこの棚倉の地に永住するつもりで根を生やし、民とともにゆたかな国に仕立て上げることが大切だ。さっき種倉をつくろうという話をしたが、当面は年貢を前領主の率にくらべ一割引き下げたい。そのためには、われわれ武士も鍬を取って、未開の地を耕すことが必奨だ。今後の立花家は、よろこびも悲しみも民とともにしたい。わかってくれる?」
そういった。家臣たちは誰も声を立てなかった。宗茂の話に改めて心を固めていた。
(殿はそこまでお考えだったのか)
と一同は宗茂のいまの発言を噛みしめた。
「殿、お見事なご決意でございますな」
脇から十時摂津が感動に満ちたまなざしで大きくうなずいた。由布雪下もうなずいた。九州生まれ、九州育ちの立花宗茂とその家臣団にすれば、奥州の冬のきびしさは予想もつかない。おそらく、皮や肉だけでなく骨まで凍るような寒さがつづくだろう。にもかかわらず主人の立花宗茂は全家臣に、
「立花家中は、この棚倉に骨を址める」
と宣言した。さらに、
「民とともに生きる」
といい切った。家臣は全員、
「殿のご決意、相わかりました」
といっせいに平伏した。宗茂はそんな家臣たちをみながら、うむ、うむとうなずいた。日の底によろこびの色が躍っていた。
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