童門冬二著書
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          小説立花宗茂 上

■宗茂は領民にまでに慕われて去っていった

<本文から>

加藤清正は勇猛な武将ではあったが、気持ちはやさしくまたはにかみ性だ。こういう申し出をするときに、おずおずとしかも顔を赤らめていた。宗茂には加藤清正の善良な性格がひしひしと伝わった。
「加藤殿のご好情には、いままでもさんぎん甘えてまいりました。これ以上ご迷惑をかけるわけにはまいりません。京へまいります。京では、関ヶ原の合戦後、家を潰された大名の家来どもが多く集まって再仕官の道を求め、また大名側でも名のある武士を次々と召し抱えているとききます。あるいはこの宗茂の家臣どもも、より良き仕官の口が得られるかもしれませんじ そういう次節で、京いきをどうかお許しください」
ほんとうは、
(いつまでもお世話になっていると、幕府側の疑心が増し、加藤殿にご迷惑がかかるといけませんので)
 と言いたかったが、そんなことは口にしなかった。また、そんなことをいえば加藤清正もいやな顔をしてすぐ怒ったことだろう。
「わたしは、そんな心配をして立花殿のお世話をしてはおらぬ!」
一刻な清正はそう怒鳴ったに違いない。それを知っているから宗茂のほうも、
(口が裂けてもそんなことは言えぬ)
 とん歯をくいしばっていた。
 別れの日、宗伐は家臣たちと別れの宴を張った。みんな泣いた。そして、
「お供をさせてください!」
 と叫んだ。宗茂は、
「できぬ。すでに決めたことは守ろう」
と、クジに当たった者十九人以外は京へは連れていかないと再度宣言した。残される家臣たちは肩を震わせて嶋咽した。
 宗茂はいった。
 「京へ出て、この宗茂に再起の道が開かれたときは、必ずおまえたちを迎える。それまでは耐えよ。もちろん、その間加藤殿の家臣になるのも、あるいはツテを求めて他の大名の家臣になるのも自由だ。それぞれの存念の趣くところにせよ。なにをしようと宗茂は決して咎めぬ。いいな?」
 このことばをきくと、みんな怒り出した。
 「殿、あまりにも情けないおことばでごぎいますぞ。われわれには殿以外主人はございませぬ!」
そう叫んだ。
 「そうでなければ、柳河の地からこの熊本へまいって、きょうまで恥多き日々を忍んではまいりませぬ!」
 涙を振りとばしながらそうわめく者もいた。
 家臣たちの悲痛なことばをきいて、立花宗茂はせつなくなった。思わず瞼が暑くなり、指で目を押さえた。そして、
(おれはほんとうに幸福者だ)
 と思った。
 柳河を出て熊本へくる日もそうだった。
 全員熊本に連れてきたわけではない。柳河にも多くの家臣が残った。家出たちは国境まで見送った。そしてみんな大地に座り込み、オイオイと泣いた。
 泣いて見送ったのは武士だけではない。領民もかなりの人数が国境まで送ってきた。そして武士たちと一緒に土の上に座り込み、あふれる涙を泥だらけのこぶしで拭いつづけた。中には、
「殿さま、お城へお戻りください。われわれも竹槍を持って、お城を受け取りにくる軍勢と戦います!」
 「そうです、お城へお戊りください」
 と訴えつづけた。
 国境の道に立ちは尽くしたまま、宗茂はなんともいえない感情に襲われた。武士だけでなく、領民にもここまで慕われていたのかと思うと、感無量だった。
 宗茂はいった。
 「みんなの気持ちはうれしく思う。いたらぬおれを、ここまで慕ってくれたことに札をいう。しかし、時の流れはこの宗茂ひとりの力よりもはるかに強大だ。流れに従おう。すこやかに暮らせ。そして早くおれのことを忘れろ」
 そういうと、クルリと身をひるがえした。
 「いくぞ」
連れていく百三十人の家臣にそう告げた。さすがに肩が震えていた。
 宗茂はじっと唇を噛みしめ、熱い思いが目から涙となって流れ落ちるのを堪えた。かれの背後で、いっせいに見送る者たちの号泣の声が高まった。
 山布雪下も太田久作も、そのときの感動をいまだに頭の隅にこびりつかせている。
 

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