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<本文から>
手習屋へ通いはじめてから三、四年経った。しかし、十二、三歳ぐらいになると、久重の悩みはいよいよ重くなった。それは、
「お城のお上品ぶった女の人たちを喜ばせるだけが能ではない」
という思いが募ったからだ。かれの頭の中には始終手習屋で会う貧しい仲間たちがいた。この連中もどんどん大きく育っている。かれらが手習屋に来ている目的ははっきりしている。それは、
「読み書き算盤を身に付けて一日も早く奉公できる店を探す」
ということだ。丁稚小僧になって、いくばくかの収入を得てそれを家に入れるのが当時の貧しい子供たちの責務だった。だからそういう思いで手習屋に通っていた。久重のような恵まれた環境で、箱だけ作っていればそれで一日が済むというような呑気な子供は一人もいない。久重は仲間たちに対して罪の意識を感じた。そうなると、いよいよ、
「もっと世の中に役立つようなことをしたい」
と思い立つ。しかしその世の中に役立つことも、単なるニーズに応えるだけではない。
「作った品物で、相手の人が喜んだり楽しんだりできるようなことをしたい」
という思いだ。 |
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