童門冬二著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          湖水の疾風 平将門・下

■東国に常世の国づくりを目指す

<本文から>
  将門は切り出した。
「輿世王様は常陸風土記をご存知でいらっしゃいますか?」
「東国の国司に任ぜられて風土記を読まぬ者はおるまい。常陸はもちろん、上総、下総、武蔵など、かかわりのある国の風土記はすべて読んだ。風土記がどうした?」
「常陸風土記の中に、常陸は常世の国だという表現がごぎいます。お気づきでいらっしやいますか?」
「そんなことが書いてあったかな。それで?」
「私は、この東国にその常世の国を実現したいのでごぎいます。常世の国とは、不老不死、万代和平のこの世の理想郷でごぎいます。もちろん人の生命は限りのあるもの、不老不死など願うことはできませんが、せめて万民和平の国はできるはずだ、と」
「……」
 輿世王は呆れた表情で将門を凝視した。やがて理解の色が浮いた。何かに思い当ったのだ。
「ははあ、それでわかったそ」
「何がでごぎいますか?」
「そなたが湿地に拓いている新地域だ。旧来の和人だけでなく渡来人や俘囚まで共にくらさせている。あれが常世の国づくりなのか?」
「その一端でごぎいます。常陸風土記では、常陸の国のことしか触れていませんが、常陸の国だけを常世の国にするのでなく、この下総も上総も安房も、そして武蔵の国も、東国全体を常世の国にしたいのです」
「ほう」
 輿世王は唸った。
「気宇壮大だな」
「夢です」
「将門」
「はい」
「誰に知恵をつけられた?」
「は?」
「そなた一人の考えか? それとも誰か知恵者がいるのか?」
「知恵者とは?」
「たとえば都の藤原忠平」
 将門は思わずあっと声をあげそうになった。さすがに興世王は鋭かった。将門は狼狽した。しかしすぐその色をかくし、平静を装った。
「とんでもない。忠平様はおかかわりありません。弟たちと相談の結果でごぎいます」
「ほう。そなたの弟たちは大した知恵者だ。ま、いい。しかしそなたの常世の国づくりが、もし忠平の命によるものだとすれば、それは都に屈服する国をまた新しくつくるというだけだ。詰らぬ」
「輿世王様」
 将門は懸命な衷情で話を続けた。
「常世の国に住みたければ、都の暮しに向かない人々も受け入れるつもりです」
「敗残者の国か。私もその敗残者の一人だと言いたいのか?」
「違います」
 将門は激しく首を振った。
「そういう国ができたら、その国の営みに、都から干渉してもらいたくないのです。住む人々の意志によって、国を営みたいのです」
「なに」
 輿世王は目を立てた。そして笑った。が、目は光った。
「そんな大口を叩いて、もし都が不当に干渉し、その営みを妨げたらどうするつもりだ?」
「死力を尽くして戦います」
「ほう」
 興世王の目はいよいよ光り出した。
「大した考えだ。しかしそれこそ謀反ではないか?」
「私は謀反だとは思いません。都の不当な介入です。この度武蔵武芝殿に味方したのもそのためです」

■中央に東国に実現した常世の国の素晴らしさを延べ公認を迫る

<本文から>
「即ち、常の国はつくるだけではなく、治めなくてはなりません。そうなると常世の国には常世の国なりの、新しい治め方が必要であります。私は地域の人々の評判をきいて、これこそ私の意識しない常世の国の治め方ではないか、と思うようになりました。そう思うと自信だけでなく、いろいろなことに気がつきました。
 閣下、地域には地域の独特の法則があるようであります。この法則は、地域に密着して独り歩きを致します。この将門が管理する東国の湿地帯がまさにそうでありました。
 伯父たちの迫害によって、父の代からこの将門の領有する土地は、地味豊かな平地や筑波山麓ではなく、沼や池の多い大湿地帯であります。ご案内のとおりであります。しかし私はこのことに不平を唱えることなく、湿地帯には湿地帯に合った営みの方法があるだろうと考えました。
 結果、この湿地帯から雑れる天の恵み、地の恵みを享受致しました。さらに、水に囲まれた島状の地域で、馬を飼うことを考えました。これは、父の代からの営みであります。その馬も、閣下もご存じのように従来の日本の馬ではなく、海の向うから渡来した馬を主に致しました。時折り、この馬は献上申しあげておりますので、その優秀さは級コもよくご存じのことと存じます。閣下、この度将門が謹んでこのお手紙を差しあげます本当の意図は、人の努力によっては、あるいは理解と優しさ、思いやりによっては、あらゆる人々が争いもなく共に住めるということの事実であります。将門が管理していた地域には、まさにそういう理想郷が実現されました。これこそ閣下のおめざしになる常世の国の実現ではないでしょうか。閣下、常世の国はすでに東国に
現れたのです。あえて将門の営みのためだとは申しあげません。
 これは、すべてこの地域に住む人々のへりくだった他者を思う気持がそういうものを可能にしたのだと思います。しかし、たとえ一地域でもそういう地域が実現できるのならば、どうして他の地域にもそれが現れて悪いことがありましょうか。
 私は、常陸国庁をはじめ、下野、上野と各国庁を襲った時に、それぞれの同に住む人々の訴えを受けました。年貢を途中で横領する下級地方役人、また、俘囚に割り当てられた衣、食、住を途中で横領し、俘囚をいままでの暮し以下に突き落とす地方役人、いずれも、都が任命した地方役人の所業であります。
 しかし、私はかれらの罪を問い、これを追放する考えは持ちません。かれらの生活も貧しいからであります。
 だからといって、これを放置しておくことは、将門の性格からしてできないことであります。実態を知った以上は、直したいと思います。将門が、この度各国庁の印と鍵を奪ったのは、そういう地方行政は、もはや終らせたいと考えたからであります。そのことが閣下のご意志に添うと判断したからであります。
 閣下、将門はこの度上野国庁において突然現れた巫女のお告げを受けました。巫女は、菅原道真公の霊魂を通して、私に八幡大菩薩の位記を授けると告げました。八幡大菩薩は、いうまでもなく応仁天皇様であられます。私は、これを受けました。閣下にすれば、とんでもない僧上至極のことであり、将門よ、そこまで思いあがったか、とお怒りになることと存じます。
 しかし、私は何も、この国全体を管理する新皇になったわけではありません。ただ、東国だけは、俘因が公平に扱われ、また渡来人も和人と共に手を携えて生きる場が得られれば、それでよいということであり。ます。平将門があえて新皇になりましたのは、この地域をこの何の分何として扱っていただきたいためであります。常世の国としてお認めいただきたいためであります。
 新皇将門は、決して都の天皇様と村立するものではありません。ただ願わくは、閣下のご仁慈によって、こういう将門の営みをお認め願いたいということであります。
 将門は、いままで東国の恵みを閣下に献上することによって、この営みを黙認していただきました。この度は、その黙認を公認に変えていただきたいということであります。また、この将門が営む国を一つの手本として、日本の各地に同じような常世の国が出現することを願っております。
 このような悲願を込めて、私はいま私がつくりつつある国の実態をご報告する次第であります。
 いままで、閣下からも度々私をお召しになる官符を頂戴致しました。最初は宮符に従い都にのぼつて一身上の弁明を致しました。閣下は、それを諒としてくださいました。が、その後は私は都には参りませんでした。
 しかし、だからといって私は倒下のご心底をお疑い申すようなことは一度たりともありませんでした。いまでも、私は閣下だけを信じております。若き日に、都にのぼって閣下にお仕えし、閣下が私にお示しになつたあのご慈顔と、ご温情は、深くこの身に刻み付いております。
 閣下、微賤な一東国人が、閣下のような殿上人を心の底からご信じ申しあげることは、果たして罪のでありましょうか?閣下を信じきって、おそらくこういう営みは閣下こそが、この国でなさろうとしたことではなかったのか、と考えるのは、あまりにも僭上にすぎるのでありましょうか。
 いや、もし閣下がこの東国におられれば、おそらくこのようになさったのではないかと思うことを、将門が代って行なったのにすぎないのです。
 閣下、どうかそのご仁心をもって、この将門の悲願をお認めいただきとうごぎいますじそして、できれば、将門がつくつたこの東国を、一つの見本として、仝国にも次々と実現していただきとうごぎいます。またねがわくは、ご政務の間隙を縫って、ぜひ一度水国にお越しいただきたいと存じます。将門がつくりつつある常世の国をご自身の目でお確かめいただきたいと存じます。そうしていただければ、この将門へのご不審も立所に霧消することでごぎいましょう。将門は心からそう信じております」
 読み終った将門は、甚だしく疲労を覚えた。全精力を使い果たしていた。それほどこの手紙に力を込めた。

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