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<本文から>
「田沼さま」
「何だ?」
「商人に税をかけよ、というご発想、大変おもしろうございますが、伊吹は成功しますでしょうか」
「しないな」
田沼は意味深げに笑った。やがて、
「おれなら、成功する」
といった。
「は?」
「ただし、阿波藩を天領にすればの話だ。藍を幕府の専売にしてな」
え、といったのか、うっといったのかわからなかったが、源内はうめいた。田沼意次の阿波の藍へのこだわりがはじめてわかったのだ。
「それでは、蜂須賀家をおとりつぶしに?」
「ばか」
田沼は静かに応じた。
「それを口にしたらすべておしまいだ。おまえらしくもない」
ぷいと横を向いてキセルにタバコを詰めはじめた。しかし笑っている。
源内は、そういう田濯がとてつもなく不気味な、巨大な怪物に思えた。その巨大な怪物は、ふうっとうまそうに煙を笛に吹きあげると、ぽつんといった。
「おれが心配するのは日本のことだ。幕府のことだ。藩のひとつやふたつ、どうなろうと、さしたることはない…。要は、日本全部がゆたかになることだ。おい、源内」
田沼は、またひっくりかえると、異国の女の人体解剖図を見ながら、こんなことをいった。
「北の国のこともある」
「は?」
「エゾや、エゾの向うの国のことだ。オロシャがうかがっている。が、何よりも、おれたち日本人がエゾのことを知らなすぎる。しっかりした調査が必要だ。そして、エゾは日本国だ、ということをきちんと示さなければならない」
(この人は!)と、平賀源内は、舌をまくばかりだ。とてもついて行けない。考えることの規模が大きく、果てしない。そして、考えの対象にすることがらが意表をついている。源内も自分で、
「おれは天才だ」
と思っているが、田沼にはとうていおよばない。
いずれにしても、この日、平賀源内は、
(田沼さまは、やがて阿波領を天領にし、藍の利益を幕府で独占する気だ) |
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