童門冬二著書
ここに付箋・・・
           組織変革事始め さむらい達のリストラ苦心談

■堀秀政の派遣統治(現場を知悉したリストラの名君)

<本文から>
 「この地方は、かつては上杉家、その後柴田家、そして丹羽家の行政方針によって治められてきた。自分は先輩たちに比べるとはるかに若い。それだけでもハンデがある。おそらく自分を見つめる地域の人びとの中には、
(1)お手並挿鬼と冷やかな目で見ている者
(2)真向から自分のやることに反対しようと待ち構えている者
(3)誰がこようと同じだ、と無関心な者
(4)場合によっては協力してもいいと考えている者
 などの四者がいる。
一、そうだとすれば、最後の者を除いては対立者・反対者を極力こっちの味方にしなければならない。
一、そのためには、新しい支配者としての自分が、徹底的に領内の地理地形を知り、住んでいる人びとの生活実態を把握する必要がある。
 同時に、新規採用者には土着の者も、他国からきた者も問わず、改めて自分と同じ新しい目で、この領内を見出させる必要がある。
 その後、そういう連中を窓口に置こうと考えたのは、
(新しい領主に対して、住民はいろいろな要望を持ってくる。その内容や質がどういうものであるかをまず知ること。そして、どの要求には応じ、どんな要求は拒否するかというモノサシをつくるためには、やはり最初は無定限無定量のニーズを思いのままに住民から提出させる必要がある)ということだった。さらに秀政はこう考えていた。
(最初の一カ月間、そしてその後の一カ月間のうちに、仕事に嫌気がさして去る者は止めない。応分の土産を持たせて他国へ山す。そして、他国によい主人がいればそれに仕えることを止めない。新しい主人が自分の知己であれば、必ず紹介状を書いてやろう。そして新しい主人が気に食わず、やはり堀の方がよかったと思う者は、もう一度戻ってくることを歓迎する。一度他国へ出たことを決して咎めまい)
 と考えていた。このことを、公に発表した。家臣たちは、
「それではあまりにもこちらの手の内を見せすぎます。悪乗りする者がいたらどうしますか?」
 と止めた。秀政は笑った。
「おれを騙すのなら騙してもいい。しかし、騙すよりも騙されるほうが神仏の気に入るだろう」
 若いけれども秀政は豪胆だった。
 新しく採用した者と、とにかく一カ月間精力的に領内を歩き回る秀政の姿に、昔から住んでいた住民たちも少しずつ考えを改め始めた。
「とにかく暇をみては、ああいうふうに積極的に歩き回る殿様は初めてだ」
 という評判が立った。はじめのうちは警戒した。
(自分の目で、領地の隅ずみを見極め、また過酷な行政を行なう気だろう。年頁をどまかしていないかを探っているのだ)
 そう思う農民もいた。しかし秀政は違った。農民いじめのために領内を歩いているわけではなかった。それは秀政と一緒に歩いている連中の中には、昔馴染みの土豪武士や、あるいは古い柴田家や丹羽家に仕えていた武士もたくさんいたからである。この連中を住民たちは知っていた。
だからその姿を見ると、「やあ、ナントカさん」
 と声をかけた。声をかけられたほうは、素直に笑い返す者もいれば、照れ臭そうに苦笑する者もいた。あるいは、
「人違いだ」
 というように、顔を背ける者もいた。が、いずれにしてもそういう連中の中から、
「実は、今おれたちがこうして領内を歩き回っているのは、新しい領主の方針で、ご本人が領内のことをよく知りたいということなので、案内しているのだ」
 と説明する者もいた。新しい支配者の後に従って、自分が転職したのだということをごまかすためにも、そういう説明をした。しかしこの説明は住民に対して説得力があった。やがて住民の間には、
「新しい領主である堀秀政さまは、これまでの領主と違って非常に仕事熱心だ」
 ということになってきた。今の言葉を使えば、「住民の立場に立って、地域行政を行なう人物だ」と思われ始めたのである。

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