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<本文から>
なぜかといえば、日本の働き手のなかにはいまだに「貴種尊重」の観念があり、これが「次のトップ選び」に要するエネルギーと時間を大幅に省略できる。ここで生じた時間とエネルギーの余剰分は、ほかのほうに回せるからだ。
企業規模が小さくなればなるほど
・トップの血縁者以外の者が社長にあるよりも、社内の収まりがいい(納得)
・仕方がない(諦め)などの気持ちが自然に湧く。これは無視できないし、バカにもでをない。
そして、世襲する後継者側にとっても、
・トップは近親者なので、会社にいるときだけでなく、違う時間的次元においても容易に接触できる
・そのとき、単に社内業務の知識や技術だけではなく、人間いかに生きるべきかという人生とのかかわりについても学び取ることができる
・近親者なので、忌悼のない意見交換ができる
・微妙な点は、論議ではなく情によるフィードパック(交流)が可能になる
というようなメリットがある。「近親者以外の能力者」では得られないものを、多種多量にわたって摂取することができるのである。
そしてこの特性こそが、現在の「IT革命の進行によって、いよいよ個人の自己完結性を強める組織内外の存在」に対する、最も有効な対応武器となる。現在のような複雑社会における組織の維持というのは、それぞれの状況において、
・古い価値観の破壊
・新しい価値社会の建設
・古い価値社会でいいものを継続させる
の三つを同時進行させる必要がある。すなわち「破壊・建設・維持」を、ミックスさせなければならない。この作業を行なうときに、それが厳しい状況であればあるほど、「上下の信頼の絆」が必要になる。それを理屈なしに納得させるのが「血統」なのだ。
大企業にあってはいろいろと問題もあろう。しかし、中小の企業においては、この「血統」は、大きな柱の一本だ。それはいわば、「匂い」のようなものかもしれない。理屈を超えた"匂い"が、中小の企業にあってはその成員に「収まりのいい納得」を与えるのである。
だから、成員のほうも逆に「その匂いをもつ血統を活用する」という意識をもてば、両者の息識が相乗効果を起こして、それぞれの企業の活性化を促進するはずだ。 |
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