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<本文から> 臆病者と噂される者がいた。その人物が落ち込むと、道雪こういった。
「おれのところに来て、酒をつきあえ」
そして、酒を飲みながら、道雪はこういう。
「いくら本人に勇気があっても、合戦というのは、なんといっても運不運がある。つまり、天が味方しなければ、手柄を立てられない。おまえにはまだ運が向いてこないのだ。だから、あせって、他人の評判を気にし、やみくもに敵陣に突っ込むようなことはするなよ。そんなことをするのは犬死にだ。だいいち、他の家から引き取ったおれに対して不忠になる。おれに対する忠義というのは、いつまでも体を大事にして、最後まで戦い抜くことだ。おまえのような人間がそばにいてくれるからこそ、おれも安泰で、敵の中に平気でおどり込めるのだ。おれだってほんとうのことをいえば、敵陣に飛び込むのは怖い。だから、ああしていつも大きな声をあげているのだ。ハッハッハ」
そういうことばをかけるだけでなく、彼は、自分の大切にしている武具を出して与え、
「これをやるよ。この次は、これを使って手柄を立てろ」
とはげました。感動したその人間は、次の機会には、慎重に考えながらも、しかし勇気を奮って敵陣におどり込み、見事な手柄を立てた。
こうして臆病だといわれていた人間が手柄を立てて帰ってくると、道雪はすぐその人間を呼び出す。そして、自分の部下が大勢いる前で、
「こいつの働きを、みんなもよく見ただろう。おれの目に狂いはなかった。前々からいっていた通り、こいつは臆病者でもなんでもない。他の家にいたときは、手柄を立てる場が与えられなかっただけだ。あるいは、運がなかったのかも知れない。今日はよくやった。ほめてやる」
とたたえた。それだけではない。さらにずっと自分に仕えてきて、猛将として評判の高い重役を呼んでこういう。
「今日から、この男をおまえにあずける。もっと強い男に鍛えてやってくれ」
つまり、はじめから猛将と呼ばれる武士にあずければ、臆病者といわれる男はひるんで、ぎこちない対応をするようになる。それを防ぐために、ナンバー1である道雪が、自ら鍛えて、ある程度ものにする。ものになったところで、今度は部下の中で猛将の誉れの高いリーダーに引き継ぐ、という人の育て方をしていたのである。 |
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