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<本文から>
ともかく身分制度には苦しめられていたからね。もちろん、土佐の一介の郷士でしかない俺もこの考えには賛成だ。ところがねえ、ここで一つ問題がある。というのは、俺には小楠先生も勝先生も、身分を忘れると言いながらも、まだどこかで武士にこだわっているのではないか、という気がしたことだ。俺には武士なんていう考えは全然ない。むしろ、お前さんが何度も言うように、尻の後に泥をつけたような野暮ったさの方が先にたつ男だ。というのは、お前さんはよく兵農未分離と言うが、俺ははっきり言うけどね、兵だと思ったことは一度もないよ。俺はしいて言えば農かもしれないな。俺のことをよく商人の子だとか、商人の感覚で行動していると言うがそれもちょっと違うんだな。うん、そうだな。はっきり言えは、俺の体質はやはり農の方に近いかもしれないよ。あんたに見せたあの才谷村というのが、どうも生きものとしての俺の血の中に色濃く流れているような気がするね。その意味では薩摩の西郷吉之助に似ているところがあるのかな。が、西郷は所詮農民にはなれなかったよね。結局は侍のために命を捨ててしまったものねえ。惜しかったなあ。童門さんよ」
龍馬は、振り向いてぼくをじっと見た。
「俺が本当に壊したかったのは"武士"という存在じゃないかな。武士というのは、諸悪の根元だよ。それは、福沢諭吉もそういうことを言っていたけれど、彼の場合ともまたちょっと違うんだ。判ってくれるかなあ、ここんところを?」 |
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