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<本文から> 檜垣源治は、その後、三度坂本龍馬に会った。三度目も訊いた。
「今、我々にとって一番大切なものは何だ?」
龍馬は答えた。
「これだ」
といって、懐から一冊の本を出した。本は、『万国公法』だった。国際法である。最初は刀だといい、次はピストルだといった龍馬が、今度は武器を捨てて、国際法を示したのである。これは、
「国際化時代の今、国際間の紛争はすべて万国公法によって解決しなければならない」
という意味である。この意味は、「国際間の紛争は、戦争によって解決してはならない。血を流し合うことなく、同じテーブルに着いて、話し合うことが必要だ。あくまでも、平和裡に事を解決すべきだ。それには、ルールがいるし、またそのルールを文章にしたものがある。それがすなわち国際法だ」
ということである。龍馬は、大きく飛躍していた。単なる土佐の剣術使いから、日本人としての自覚を持ったピストルの時代を経て、今度は地球的規模でものを考える国際人に成長していたのである。しかも、国際的紛争の解決を、万国公法に求めるというのは、現在の国連のはしりのようなもので、その先を見通す目は鋭い。が、誤解する人間もいる。
そして、ここに問題がある。それは、龍馬の辿っていった人間的成長は、現在よくいわれる、「発想の転換」であり、また、「異種間交流」によっている。つまり「自己変革」だ。が、当時の日本人の誰もが、龍馬のように次々と自己変革を遂げられたかどうかということは、疑問だ。いや、逆に、そこまで自分を変えられなかった人間のほうが多かったのではなかろうか。特に、攘夷論者はそうだ。 |
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