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<本文から>
孔子の門人である有先生がおっしゃった。「人柄が孝行悌順でありながら、目上の人に逆らうことを好む者はほとんどない。目上に逆らうことを好まない人が、乱を起こすことを好むことも滅多にない。君子は根本のことに努力するからだ。根本を定めてはじめて進むべき通がはっきりする。仁徳の根本は孝と悌だ」
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わたしが勤めているころ、今でいうリストラ(リストラクチャリング、再構築)が行われた。その一つの方法として人員削減が行われた。希望退職者を募るという方法が採られた。しかし、わたしの属していた職場の上役にすれば、普段から自分にいつも反村したり逆らったりする者、あるいは自分勝手なことばかりしている者などが、この希望退職に応じてくれればいいと思い、それぞれの肩を叩いて説得した。しかし、上役が辞めさせたいと思っている連中は、頑強に首を横に振り続けた。この時、普段からおとなしく、ほとんどその上役にも逆らったことがない目立たない津田さんという職員が、
「わたしを辞めさせてください」
と申し出た。上役はびっくりした。
「君は別に辞める必要はないよ。ぜひ居て欲しい職員だ」
そう告げた。が、津田さんは笑ってこう言った。
「わたしの田舎は九州で、父がみかん山を経営しています。そろそろ老齢なので、何度も戻って来てみかん山を引き継いでくれと言っています。この際思いきって勤めを辞め、父の言葉に従いたいと思います。あなたが肩を叩いている人達は、今辞めたら、たちまち生活に困るでしょう。ですから、わたしを辞めさせてください」
上役は何とかして津田さんを引き止めようとしたが、津田さんはにこにこ笑いながら首を横に振り続け結局辞めていった。翌年のあるころ、津田さんからわたしのところに荷物が届いた。手紙が入っていた。
「初生りのみかんをお届けします。勤めていたころは大変お世話になりました。わたしはもともと勤める必要はなかったのですが、一つのことを思い立ちました。それは、いずれみかん山を引き継いだ時に、初生りのみかんを送りたいなと思う人を、何人か探したかったのです。言ってみれば、わたしなりの真実一路の道を辿って、出会いを大事にしたい七思いました。あなたは親切にしてくれました。何人か他にも、みかんを送った人がいます。でも、それがだれかは申しあげません。わたしにとって一番大切な生き方は、この世で出会って本当によかったなと思う人の発見でした。あなたのような方は、今の勤めに絶対に必要です。どうか最後まで辞めずに頑張ってください」
わたしはその手紙を読んで胸を打たれた。
(ああ、津田さんはこういう考え方を持っていたのだな)
と感じた。そして、
「人間は、生きていく上で、何を一番大切にしなければならないのか」
ということを、津田さんの初生りのみかんを見ながらしみじみと思ったものである。 |
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