童門冬二著書
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          大奥追放 異聞吉宗と絵島

■絵島の野望

<本文から>
 いくらかホッとした月光院は、牢の中にいる絵島の身を思った。絵島は月光院にこういったことがある。
「わたくしの目標は春日局様です」
「えっ」
 意味がわからずに月光院はきき返した。その時の絵島は不可解な笑みを浮かべていた。そしてこう加えた。
「表は男たちの支配する所、しかし大奥は女性の支配する場です。大奥の力で、表を支配されたのが春日局様です。わたくしも春日局様のようになり、月光院様をいよいよ強いお立場にしたいと思います」
 その言葉をきいた時、月光院は身体の底にある戦慄が走ったのを記憶している。そして額面通りに絵島の言葉を受け止めなかった。
(この女性には、野望がある)
 と感じた。
 大奥には”新参舞い″という行事がある。大晦日あるいは節分の夜に、大奥に新しく入った女中たちが、素っ裸になって列をつくりながら踊りを踊る行事である。これは明るく、暗い印象はまったくない。その賑かさに御台所もソッと座を設けてのぞきみするのがつねだった。この新参舞いの先頭に立って、御幣を振りまわしながら、
新参舞いを見しゃいな
新参舞いを見しゃいな
と賑やかに歌うのが絵島の役だった。
(絵島のあの行動にも、深い志の発現がある)
と感じていた。牢内でもおそらく絵島は悲観などしていない。顔を上げて、老中からの流刑の達しを受け止めていることだろう。その潔さは、ちっとやそっとの武士などが敵うものではない。
 月光院は改めて、絵島が、
「わたくしは大奥の春日局様になりたい」
といっていた言葉の意味を探るのだった。
 

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