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<本文から>
父は、大神楽の連中に祝儀を渡しながら、よくそういった。父にとっても、大神楽との接触が大きな楽しみであった。しかし、その父も今はいない。しかも、残された一家は、奥の一室で居留守をつかいながら、じつと息を潜めている。金次郎は憎なくなった。涙がドツと溢れてきた。
(なぜ、こんな思いをしなければいけないのか?)
と思うと、くやしさで胸がいっぱいになった。金次郎は鳴咽した。急に泣き出した兄の姿を見て、
バタバタ暴れていた富次郎も怪訝な顔をして、暴れるのを止めた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
と覗き込んだ。金次郎は首を撮り続け、
「シッ、黙って」
と弟を制した。
外で、大神楽一行は何度か大声をはりあげ、囃子を盛りあげた。それは、
「どうなさいました? 奥のほうにおいでになって、この囃子が聞こえないのですか? 歌が聞こえませんか? それなら、ホレ、ホレ、どうです? これでもまだ聞こえませんか? おなじみの大神楽がやってまいりましたよ!」
といっているように聞こえた。しかし、金次郎には、その大神楽一行の囃子や歌の盛りあげ方が、単に、奥にいる家人に自分たちの来たことを告げているのではなく、祝儀の催促をしているように聞こえた。一行は執拗だ。これでもか、これでもか、と囃し立てる。それは、
「早くご祝儀を下さいよ!」
という催促にほかならない。
「ああ…」
金次郎は吐息をついた。時間が無限に長く続くように思えた0金次郎は、彼らはすでに居留守をつかっていることを知っていて、嫌がらせをしているのだ、というふうにとった。つまり、太神楽一行が、嚇子や歌を盛りあげるのには、悪意があると感じたのである。
そう思いながらも、金次郎は、
(俺のひがみだ)
と思った。今まで、こんな考え方をしたことはない。そして、大神楽一行が、嘲子を盛りあげ、歌声を高くするのは、なにも今日にはじまったことではない。例年のことだ0その家の家族がすぐ出てこなければ、囃子や歌声を大きくして、自分たちが来たことを強調するのだ。 |
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