童門冬二著書
ここに付箋ここに付箋・・・
          小説毛利元就

■毛利家を軸にした大きな森を造る

<本文から>
 こういう光景を、毛利元就は黙って見詰めていた。このころのかれは、まだ存命中だった大方様から、
 「身内をお固めなさい」
 と助言されていた。大方様のいうには、
・毛利家を軸にした大きな森を造ること。
・その森は、毛利という大木を中心にすること。
・しかし、毛利が大木になるためには、身内の結束が必要なこと。
・毛利という大木ができたら、回りに生えている木を、”毛利の森”に加わるように仕向けること。周りの木というのは、いうまでもなく地侍・国人衆であること。
・しかしいままでのありさまを見ていると、毛利家も一本の地域の木なので、まだまだ″毛利の森”に参加させるだけの魅力が、毛利家にない。
・″毛利の森”に参加していれば、自分の持っている土地や住民が安堵される、という保証能力を養う必要がある。
・そのためには、毛利という木が、他の木よりも抜きんでて大木にならなければ駄目だ。
・毛利が大木になるためには、幹を太く達しくし、同時に枝葉も強く達しく育つ必要がある。
この助言は、毛利元就にまた新しい発想を生ませた。
 

■仕事一方ではない、教養の深い人間

<本文から>
子供のときから、井上一族に牛耳られて釆たので、かれの、
「人間不信」
 は決定的である。
 しかし、家族に対する期待は大きく、
「毛利の木、その木を増やした森」
 の造成には、生涯努力を惜しまなかった。いわば、
「毛利丸」
 という一般の船に乗り合わせた仲だという思いが強い。したがって、
・毛利丸は、運命共同体である。
・この舶に乗り合わせた者は、力を合わせて毛利丸を、目的地に漕ぎ寄せなければならない。
・船の長は元就であり、今後は家長がこれを務める。
・したがって、一族山門とはいえ、すべて船の長に従わなければならない。少なくとも、自分は家長の家族であるということを誇りにすることは構わないが、それをひけらかして、権威に結び付けてはならない。
・家長と、それ以外の家族とは、むしろ主従の関係にある。
 という考え方をしていた。
 元就は、文芸方面にも幅広い関心を示し、またかれ自身も和歌を作っている。したがって、いまでいえば、
「仕事一方ではない、教養の深い人間」
 といっていいだろう。
 しかしかれ白身、武人として生き抜いた信条は、
「武略・調略・計略を重んぜよ」
といい続けたように、あくまでも戦略を重視した。

■三本の矢に込められた思い

<本文から>
一 何度繰り返しても同じことだが、当家の家名である毛利の姓を行く末ながく維持して、子孫末代の後まで相続するように努力してもらいたい。
一 二男の元春と三男の隆景は、それぞれ吉川、小早川という他家を相続し、その姓を名乗っているが、それはほんの当座のことであって、あくまでも毛利家の生まれだということを忘れずに、毛利という家名を軽んじたりおろそかにしてはならない。ゆめにもそういうことを考えることは、不都合千万嘆かわしいことだ。片時といえども、そんなことがないようにしてもらいたい。
一 ことさらいうまでもないが、兄弟三人が少しでも仲違いするようなことがあったら、もはや三家がこ山家ながら存続することができず、滅亡するものだと思ってほしい。
一 長男の降元は、元春、隆景の両人を力に頼み、内外にわたって物事を処理してもらいたい。そうすれば、何の支障や邪魔も起こるまい。また元春や隆景両人は、本家の毛利家が安泰であれば、その威光によってそれぞれの分家の方の処理も出いのままに行くはずだ。かりそめにも、本家の毛利家が衰微して行くようなことがあれば、人間の心は変わりやすいものだから、吉川、小早川の家の家中収締りも、きっとうまく行かなくなる。その辺は、三人ともよく考えてもらいたい。
一 もしも、元春と隆景の気持ちが、隆元の意志と違うようなことがあっても、隆元はひとえに我慢をしてもらいたい。また、隆元の意見が元春、隆岩と適うような場合は、両人は降元の意見に従ってもらいたい。両人は、他家の相続をしていても、心は常に毛利本家に似いておいてもらいたい。
 この後、三人の母親である故妙玖に対する追善供養を命じたり、あるいはかれらの姉であった人物の法要も怠ってはならぬとし、また育ちつつある一族の小さな子供たちに対する配慮もしてほしいと書いている。
 そして、
一 わが一族は、思いのほか多くの人数を殺している。したがって、この報いは必ずやって来る。そのことについては、あなた方に対しても気の毒だと思うが、よくよく心得てもらいたい。元就一人で、この報いを受け止めるつもりだが、天の意思は分からない。場合によっては、元就一人で受け切れず、あなた方三人にもこの報いが行くかもしれない。そう覚悟してほしい。、

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