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<本文から> 「父上、還暦おめでとうございます」
こもごも祝いの言葉を述べる元春と隆景に、元就はうなずいた。が、かならずしもうれしそうな表情はしていない。もともと元就は深刻癖のある性格で、いつも渋い頗をしている。
しかし、きょうはその表情がとくに重い。
元春と隆景は顔をみあわせた。注意してみると、元就の脇に弓の矢が何本か置いてあった。
久しぶりに集まった三人の息子たちを前にして、元就は矢の群れから一本取り上げた。そしていきなり、ビシツと激しい音を立てて宙で折った。
それでなくても寒気の厳しい部屋の中で、矢の折れる音が際立って大きく響いた。
隆元はビクッと頼を引きつらせ、肩をすくませた。元春は怪訝な表情をして父親の行為をみつめている。
しかし隆景だけは、父元就の行動の意味を敏感に悟った。隆景は、
(折られた矢はおれだ)
と直感した。
そのとおりだった。元就はなにもいわない。黙って隆景をにらみつけていた。日の底が鋭い。激しく燃えている。まるで息子に対するそれよりも、仇敵に対するような炎が燃えている。
(親父はおれを憎んでいる)
隆景はそう思った。そして父親をみかえした。宙でふたりの視線が激突した。
やがて元就は肩からカを抜き、再び手を伸ばして矢の群れから今度は三本取り上げた。そして、懸命に折ろうとした。
隆元が薄いわらいを浮かべながら、おずおずといった。
「父上、いかな父上でも、三本の矢をまとめては折れませんよ」
これをきくと、元就は相好を崩し、可愛くてしかたがないといった衷情で隆元をみた。
そして、再び隆景に視線を戻した。笑みは消えていた。元就はいった。
「隆元のいうとおりだ。矢は一本ではすぐ折れる。しかし三本集まれば折れぬ」
隆景には、父親がなにを伝えようとしているのかよくわかった。
(やりすぎるおれへの戒めだ)
かれははっきりそう感じた。
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