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<本文から>
この言葉は、勝海舟の全思想を表わしている。彼はこういう態度で自分の生涯を生き抜いた。この言葉を口にしたのは、具体的にはつぎのような事件があったからだ。
彼は徳川幕府の終戦最高責任者でありながら、その後明治新政府に参加した。しかも、それも平職員としてでなく、海軍大臣や枢密顧問官にもなった。こういう勝の生き方を見ていて、学問一途に走った福沢諭吉は、『やせ我慢の説』という本を書いた。その本で、
「二君に仕えた幕臣」
の典型として、勝海舟と榎本武揚とをとりあげた。そして、この『やせ我慢の説』を二人に贈った。贈っただけでなく、
「ご感想をおもらしいただきたい」
と添え書した。榎本は、福沢のこの申し出に実に懇切丁寧な答え方をした。しかし、こういう答えは長ければ長いほどどこか言いわけじみてくる。榎本の回答も言いわけじみていた。勝は何も言わなかった。黙殺した。そして、一人で、この行蔵は我に存す……という言葉を呟いた。 |
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