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<本文から>
「改革を進めるには核が必要だ」
と考えた。河合らしかったのは、
「その核になるのには、尋常な人間ではだめだ。というのはいまは尋常な時ではない。異常な時だ。異常な時には異常な人間が必要だ」
と思った。そこでかれはいままで集めたた手持ちの問題児の中からその核になる人間を選ぼうと考えた。選んだのが出淵伊惣治、古市藤之進、青木平蔵の三人である。
一夕、かれは三人を城下町の酒亭に連れていった。洒を飲ませながらこれこれだという話をし、
「協力してくれ」
といった。が、三人の反応は冷ややかだった。乗ってこない。河合にすれば、
(前の職場で持て余し者だった連中を引き取ってやったのだから、こんな時にこそ人生意気に感じて役に立ってくれるだろう)
という目論みがあった。まして改革の全費任者として家老に任命された河合が、わざわざ城下町の酒亭に呼んで、
「頼む」
といったのだから、すぐさま、
「わかりました。なんでもいたします」
という答えが得られると思っていたのだ。が、案に相違して三人はそれぞれシラけた表情で、黙って杯を口に運ぶだけだ。河合は意外な気持ちになった。
(こいつらはいったいどうしたのだ?)
と三人の顔を見渡した。
三人のほうは三人のほうで考えがあった。それはかれらは河合の部下として引き取られたことに疑いを持っていた。職場の持て余し者だっただけに、その精神構造は尋常ではない。屈折している。それも複雑骨折していた。かれらはいままでさんざん職場の連中から白い目でみられてきたので、気持ちの芯はしたたかに鍛えられている。なにをいわれようと、どんな目でみられようと平気だ。
だから河合が自分たちを引き取ってくれたことにも恩は感じていない。むしろ疑いを持っていた。
「河合様はおれたちを集めて、いい恰好をしようとしているのではないか」
という見方である。変わったことをやって名を上げようという、いまでいうパフォーマンス活動のひとつではないのか、という見方をしていたのである。はっきりいえば河合が問題児を集めているのは、
「ほかの職場で持て余し者になっている連中を集めて、河合様は自分の名を上げようとしているだけだ。つまり持て余し者を利用しているのだ」
とみていた。この考えは河合のもとに集められた問題児全般に適ずることだった。かれらは寄ると触るとこの話をした。
「河合様の名を上げたために、おれたちはここで飼い殺しにされるのだ」
「おれたちはかたちの変わった河合様のお稚児さんのようなものだ」
と互いに卑下しあった。こんな空気から建設的な力が生まれるわけがない。河合がせっかく集めた持て余し者連中は、前の職場にいたときよりもますます悪い勤務態度を取り続けていた。
河合もその空気には気づいている。だからこんど藩主から財政再建の特命を与えられたことは、いい機会だと思った。
(鬱屈した問題児たちが、それぞれ能力を発揮する機会がきた)
と思った。かれは人がいいから問題児のほうも、そういう機会を待ち望んでいると思っていた。機会がないから、鬱屈してただれた空気をお互いに発散しあっているのだと判断していた。そこできょうは特別に選んだ三人を洒亭に呼んで、自分の再建計画を話し、協力要請をしたのだが、ぜんぜん乗ってこない。河合は、
(これはおかしい)
と気づいた。そこで杯を膳の上に置くと、ニヤニヤ笑い出した。こういった。
「どうもおかしい」
「何がですか?」
古市藤之進がきいた。古市はさっきから、隙あらば噛みついてやろうと待ち構えていた。
三人の中でも古市がとくに、
「河合様がおれたちを集めたのは、自分の名を売りたいためだ」
と思い込んでいた。だから少しでも河合が恩着せがましいようなもののいいかたをしたら、打ちまち反撃しようと胸の中でキバを研いでいた。
河合は古市をみた。
「おかしいというのは、おまえさんたちがぜんぜん話に乗らないからだよ」
河合はあえて三人の持て余し者に″おまえさんたち″というくだけた呼びかけをしていた。
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